第107話

「ああ、マクファーソン家を選んだんだ」

「知ってる?」

「うん。マクファーソン男爵家。確か、かなり強い魔物を討伐して平民から男爵になった一家だよ。ここ数年でも魔物の討伐していてね、陞爵を嫌がって男爵のまま頑張ってる」

「……それはまた、個性的ね……」

「あー、でもマクファーソンなら、丁度いいんじゃないか?」


 なにがちょうどいいのかわからなくて首を傾げる。転んでいたササとセセが起き上がり、興味深そうにこっちを見ていた。尻尾がブンブン振られているのが愛らしい。耳がぴくぴく動いているから、きっと会話を聞いていたわね。


「……ササ、セセ。こっちに来てくれる?」

「呼ばれた!」

「行く!」


 むくっと起き上がってパタパタと尻尾を振りながらこっちに来るササとセセ。可愛いなぁ。ココも可愛いけど、ササとセセも可愛いのよねぇ。思わず表情が緩んじゃう。そんなわたしを、ディーンとバーナードがなんともいえない複雑な表情で眺めていた。


「どこかに行くの?」

「アクア、お出掛け?」

「うん、お出掛け。……そうだ、今度出掛ける時は、ササとセセも連れて行こう!」


 えっ、とわたし以外の声が重なった。


「ココは街まで行っているじゃない。ササとセセも、外の世界、見てみたくない?」


 わたしが尋ねると、ササとセセは「見たい!」と声を重ねた。だよね。コボルトということで移動が制限されていたから。


「コボルト音楽隊のおかげで、街の人たちも大分コボルトに慣れてきたと思うの。だから、ササとセセを正式に、『護衛』として連れて行ってみたいの」


 ササとセセは目をキラキラと輝かせた。尻尾は振り切れんばかりに振られている。可愛いなぁ~。


「もちろん、ルーカス陛下に許可を貰えたら、になるけど」


 最後は眉を下げていった。みんな顔を見合わせて、「大丈夫だろうけど……」とか、「一緒に行きたい!」、「外の世界、見たい!」とか口にしていた。わたしもコボルトたちと一緒に外の世界、見たい!


「で、バーナード、なにがちょうどいいの?」

「ああ、マクファーソン領って、元ダラム王国の国境の中間地点なんだ。そこで泊まってから、元々の目的地に向かえるぞ」

「……そっか。……そうね、うん。確かに、泊まってから行ったほうがいいかも。ええと、それじゃあ招待状の返事と、ルーカス陛下へのお願いを書かなくちゃ! 訓練中に邪魔してごめんね、また後で!」

「あ、ちょっと、アクアっ」


 軽く手を振って訓練場を後にした。ええと、じゃあ招待状の返事の書き方を調べないとね。……あ、でもその前にルーカス陛下に遠出の許可を得たほうが良いかな? わたしは辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから魔法を使う。文字を書いて、ぎゅっと手のひらに閉じ込めて、ルーカス陛下の元に連絡鳥を飛ばした。

 よし、あとは招待状の返事をしなくちゃね。名前しか知らない人だから、失礼のないようにしないと! うーん、なんだか、貴族の付き合いって感じがしてきた。

 自分が貴族だなんて感じ、あんまりしないんだけどさ。……王族って感じはもっとしないなぁ……。五歳までのわたし、本当に人見知りで滅多に人前に出なかったし、出たとしても、ほぼ喋らなかったし……。今のわたしとは程遠い性格だったよね、うん。

 ……それにしても、あの時の違和感ってなんだったんだろう……。あの膝を抱えた少女――わたしの記憶をぎゅっと抱きしめていたリネットに感じた違和感……。

 わたしの気のせいだったのかなぁ……? ……とにかく、今は、お茶会の参加と、お父さまやお母さまたちとのけじめをつけたい。

 それから一時間もしないうちに、ルーカス陛下から返事が来た。夕食のお誘いもあったから、その時に聞こうと思い、今日の夕食は要らないということを伝えに、メイドたちを探した。

 問題は招待状の返事だ。どんな言葉を選ぶのが正解なのか……。だって最初に行くお茶会だもん。迎えてくれる側も多分、緊張するだろうし……。あまり堅苦しくなく、かといってフレンドリー過ぎない感じに返事を書きたい。……我ながら難しいことを考えている気がする。

 ああ、こういう時って誰に相談すればいいんだろう?

 ……そういえば、明日は家庭教師が来る日だ。これを相談するにはちょうどいいかも! そう思って、わたしは自室に戻り、家庭教師に尋ねたいことを書き出した。こうしておけば忘れないからね。書き出し、大切。


「……後は……なにかあるかな……。あ、ルーカス兄さまへのお願い事も忘れないうちに書いておこう」


 マクファーソン家のお茶会に参加したいこと、ササとセセを連れていきたいこと、……元ダラム王国の国境付近に向かいたいこと……。……ただ、お父さまたちを思って祈りたい。それには一番、その場所が相応しいと思ったこと。……だって、そこで命を落としたのだから。……そういえば、遺体ってどうなっただろう。お墓、あるのかな。あるのなら、そっちにも行きたいな。そう考えながらペンを走らせた。

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