第106話

 ルーカス陛下の誕生日パーティーから数日が経過した。その間に、わたしが住んでいる屋敷に大量のお茶会の招待状が届いた。

 山のように重なっているお茶会の招待状を見て、わたしは重々しく息を吐く。仲良くしてくださいね、といったのは自分だ。どれかには参加しないといけないだろう。


「どこに行くべきか……」


 正直貴族のお茶会ってなにをするのかよく知らないのよね……。招待状を一枚一枚確認していると、自室の扉がノックされた。


「はーい」

「アクア、入るよ~」


 ディーンの声が聞こえた。それから、扉が開く音。ディーンの手には、追加の招待状が大量に……。……まさかこんなに一気に来るとは思わなくて、思わず眉を顰めた。それを見たディーンが小さく笑う。


「選ぶのも大変だねぇ……」

「本当にね……」

「行きたいところはあるの?」

「いや、そもそも貴族たちのことあんまり知らないし……」


 わたしが知っているのはディーンの家とバーナードの家くらい――……って思ったけど、バーナードの苗字知らないや。

 この国では苗字を持っている人が貴族だ。あと、商人も苗字を持っているね。平民は名前のみ。コボルトたちはどうかわからない。ココとかララ、としか聞いてないもんね。


「それじゃあ、貴族を知っている人たちで選出しようか?」

「う~ん、それはありがたいんだけど……、最初くらいは自分で選びたくて。もしも選んだところが注意したほうが良い場所なら、教えて欲しい」

「わかった。あんまり深く考えずに決めたほうがいいよ」


 確かに知恵熱出そうなくらい多いけどね! こくりとうなずいて、ディーンが机に招待状を置いて出て行った。扉が閉まる音が聞こえて、わたしは椅子に寄りかかりグーンと腕を伸ばした。午前中からずっと招待状とにらめっこ状態だったから、目が疲れているなぁと目を閉じてマッサージする。

 ルーカス陛下の誕生日パーティーは、聖剣セイリオスが一気に場の雰囲気を飲み込んでいったように見えた。……あれだけ光り輝いていたら、まぁ、そうなるだろう。

 そこから、聖剣セイリオスについての質問が始まったりして、ルーカス陛下は忙しそうにしていた。わたしの元にも多くの令嬢が現れて、取り囲んで一斉に挨拶をしてくれたけど、全然覚えられなかった……。でも、それも仕方ないと思う。あんなに一気に大量の人物を覚えられる自信は全くといっていいほどない!


「顔と名前が一致しないわ……」


 マッサージをやめて、椅子に座り直して姿勢を正す。それからまた招待状に視線を向けた。……うーん、覚えている人たちもうろ覚えだからなぁ……。いっそ勘に頼ってみようかな。お茶会にも、ディーンとバーナードはついて来てくれるだろうから、安心だしね。

 招待状に記載されている名前を見てもピンと来ないし、とりあえずこの人にしようかなぁと目を閉じて手をうろうろ招待状の上をうろつかせ、この人! と決めて招待状を手に取る。ええと、この人は誰かな~? と目を開けて名前を確認。


「エメライン・サラ・マクファーソン?」


 ……覚えがあるようなないような。とりあえず、最初のお茶会はこの人のところに決めた。椅子から立ち上がって、急いで部屋を出る。すると、すぐにセシリーが見つかった。


「あら、アクアさま。誰かをお探しですか?」

「うん、ディーンかバーナードがどこにいるか、知らない?」

「この時間でしたら訓練場でしょう。ササとセセに稽古をつけていると思います」

「ありがとう、行ってみる!」


 短くお礼を伝えてから、訓練場に向かう。使っていない部屋を大改造した結果、室内にも訓練場が出来た。外にもあるけれど、どっちかな。とりあえず、近い室内のほうから見てみよう。足を速めて歩いていると、あっという間に訓練場についた。


「アクアさま、どうしてこんな場所に?」

「ディーンかバーナードに用事があって。こっちにいる?」

「白熱していますよ。……というか、連絡鳥を使えば良かったのでは……?」

「あ。そっか、そういう手もあったね……!」


 ぽんと手を叩く。それを見た騎士が、小さく笑った。


「見学しますか?」

「うん、折角だから見てみようかな」


 騎士が扉を開けてくれた。こっそりと中に入って、稽古の様子を見学する。

 ディーンとササ、バーナードとセセが戦っていた。訓練用の剣を使い、目で追うのが大変なくらいのスピードでコボルたちが攻撃を繰り返している。それを避けるふたりもすごい。避けるだけではなくて、「もっと素早く! 遅い!」とか、「それで当たっても痛くねぇぞ!」とか聞こえてくる。……訓練ってこんな感じなんだ……。

 ササとセセが疲れからか一瞬動きが止まる。それを狙ったかのようにディーンとバーナードの反撃が始まった。なんとも鈍い音を響かせて、剣と剣がぶつかり合う。力比べのようにぐぐぐ、と身体を前のめりにしたコボルトたちは、すいっと身体を後ろに引いたディーンとバーナードに驚いてそのままこけた。こけた顔の近くに、ざんっ

と剣を突き付けて「はい、訓練終了」とディーンがいった。


「うーん、強い」

「ディーン隊長とバーナードの強さは、魔物討伐隊でも秀でていましたからねぇ」


 そうだったのか……。そしてそのふたりよりも強いルーカス陛下。……強い人がいっぱいいるなぁ、アルストル帝国。


「……あれ? アクア?」

「どうしたんだよ、こんなところに来るなんて」


 ……強さもだけど、息が上がっていないところが不思議だわ……。


「ちょっとふたりに用事があって。初めてのお茶会参加、ここにしようと思ってね」


 人差し指と中指で招待状を挟んでふたりに見せる。彼らは顔を見合わせて、それからわたしのところに来て、招待状の差出人を確認した。

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