第105話:ルーカス陛下の誕生日パーティー 6

「私の『身内』だ。アクア、自己紹介を」

「……お初にお目にかかります。アクア・ルックスと申します」


 もう一度カーテシーをしてから、にっこりと微笑んでみせる。ルーカス陛下、わたし、今日紹介されるなんて思ってもみませんでした! 冷や汗が背中に流れている、気がする。そしてみんな困惑しているように見えた。ざわざわと、「身内?」という疑問系の声が聞こえるわ……。


「彼女の本名はリネット。……大聖女ステラの孫だ」

「まさか……! 生きておられたのですか……!」

「リネットさまは十年前に亡くなったと……」


 さらに会場がざわめく。コツコツと足音を響かせて、ディーンとバーナードがわたしの元に来た。わたしのことを怪訝そうに見ていた誰かが、ルーカス陛下に近付いた。


「本当にリネットさまなのですか? 色合いを似せて、ルーカス陛下を誑かそうとしているのでは?」

「それは既に確認済みだ。……そんな偽物など、すぐにわかるに決まっているだろう」


 ルーカス陛下に反論された人はぐっ、と押し黙った。

 わたしがリネットだということに、みんな驚いているようだった。十年前の事件って、一体どんな風に伝えられたのだろうか。それがちょっと気になるなぁ……。

 悲惨なことにはなっていたけどね、うん。……あまり思い出さないほうが良いと思うので、思考を戻す。


「今日は、パーティーに来てくれてありがとう、アクア」

「こちらこそ、お招きありがとうございます」

「……なぜ、名前が違うのですか?」

「……彼女は、十年前に何者かに襲撃され、ダラム王国の神殿近くに捨てられた。記憶を失い、『アクア・ルックス』という名をつけられて育ったそうだ」


 ……なんでダラム王国の神殿近くに……と声が聞こえる。そして、ダラム王国を支配下にしたことも伝わっているのか、だからダラム王国を……? と口にしている人たちもいた。……まぁ、そうなるのかな……と考えつつ、ルーカス陛下は言葉を続ける。


「……しかし、アクアは『リネット』の記憶を取り戻した。――その言葉の意味がわかるな? 私は、彼女を……彼女たち一家を襲撃したものを許すつもりはない。王族に危害を加えたものを許すなど、出来るわけがないからな。……それがたとえ、我が国民であったとしても、だ」


 ……わたしをこの場で紹介したのは、襲撃に参加した人や、情報を流した人への宣戦布告ってところかな? ルーカス陛下の目はギラギラと怒りで燃えていた。その怒りを感じ取って、誰もが息を飲む。……このままだと、気絶する人が現れそうだなぁと思い、すっとルーカス陛下の腕に自分の腕を絡めた。


「アクア?」

「――突然のことで驚いたと思います。ですが、わたしは確かに『リネット』です。聖女リリィが証人となってくれるでしょう。……わたしは、十年前、とても大好きな家族を失いました。……ですが、ルーカス兄さまがわたしに居場所をくださいました。どうかみなさま、仲良くしてくださいね」


 ……儚いような微笑みってどうやって浮かべればいいのかしら。とりあえず、目を伏せて微笑んでおこう。ルーカス陛下は、そっとわたしの頭に手を乗せてぽんぽん、と撫でた。それを見ていた人たちは、沈黙していたけれど……パチパチパチ、と誰かが拍手をしたのをきっかけに、拍手の音が大きくなる。……焦った。とっても焦った。リリィ、名前出してごめんね。でもあの日いたのリリィだったから……!

 それに、わたし本当にリネットだしね……。身分証は『アクア・ルックス』にしてもらっているからなぁ……。それに、帝都を守っている七人のうちのひとりが証人なのだから、説得力はある、多分。


「……確かに、ステラさまに似ていますね、外見は」

「……そんなにつらい思いをしながらも、この国に帰還されるとは……」

「是非、今度お茶会にいらしてください」

「アクアさまのことがたくさん知りたいですわ」


 ……なんとかなった、かな? わたしのことを知ってもあまり良いことはないと思うけどなぁ……。

 ――その瞬間、ぞくっと寒気がした。誰かが、わたしに負の感情を向けている。どこからかはわからない。……でも、確実にわたしに対して良くない感情を持っていることがわかったのだけでも、収穫だ。……もしかして、このためにわたしを紹介した? 一年前倒しで? ちらりとルーカス陛下に視線を向けると、彼はゆっくりと目を瞬かせてから、静かに微笑みを浮かべた。獲物でも見つけたかのように。


「――アクアはまだこの国に慣れていない、皆、気に掛けてやってくれ。……私が玉座に就いて今日で六年。まだまだ未熟者ではあるが、皆の力を借りてこの帝国を守り抜こう。――力を、貸してくれるな?」


 有無をいわさない、そんな力強い声音だった。一瞬会場がしん、と静まり返ったけど、すぐに全員がルーカス陛下に向けて恭しく頭を下げたりカーテシーをしている姿を見た。ルーカス陛下はわたしの腕を解き、すっと剣を抜いた。


「聖剣セイリオスに誓う。我が帝国を守り抜くことを――!」


 その剣をみんなに見せるように顔の前で構えて眼光鋭く言い切るルーカス陛下。……セイリオスのお披露目の場でもあったのか。わたしは胸元で手を組んで、そっと目を閉じた。――どうか、彼の願いが叶いますように――……。……心の中で祈る。すると、目を閉じていてもわかるくらい、辺りに光が満ちた。

 恐る恐る目を開けると、セイリオスが光を放っていた。その光は会場全体に広がり、この場の瘴気を浄化していった。……どうやら、神もルーカス陛下の誕生日を祝ってくれているようだ。

 ――ルーカス陛下の誕生日パーティーは、みんなに祝福されて幕を閉じた。

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