第79話
そして翌日、日の出とともに起き出して昨日買った白いハンカチを取り出す。
……あ、しまった。練習用の刺繍の糸も買えば良かった。花瓶も袋に入れたままだし……。うーん、刺繍の練習の前にこの花瓶に花を活けたいなぁ。どんな花が良いかな。花壇からもらってもいいものか……。
よし、どんな花があるのか見てみようっと。……の、前にお風呂に入って身支度だ。ここのお風呂って浴槽が広くて贅沢なんだよねぇ……。
貴族の女性ではバラ風呂が流行っていたらしいけど……、バラの香りを纏うってことなのかなぁ……? あれって掃除のとき大変じゃないのかなってそっちを考えてしまう。バラの花弁を取ってから掃除するのだとしたら、やっぱり大変そう。
でも一度やってみたい乙女心。……さすがに今はやらないけどさ、機会があったらやってみたいな。
髪と身体を洗って、お風呂に入ってさっぱりしてから着替える!
「うん、今日もいい天気みたいね!」
窓辺に寄ってカーテンを開ける。目元を細めて外の景色を眺め、換気のために窓を開けた。火照った顔にほのかに冷たい風が触れて、心地よかった。ゆっくりと深呼吸をしてから、礼拝堂へと向かう。その後、花壇に寄ってみよう。
自室を出て礼拝堂へと廊下を歩く。多分、まだみんな起きていないと思う。静かに歩かないとね。
礼拝堂へ入り、ステンドグラスを見上げた。……やっぱりここが、一番落ち着く。
スタスタと早足で歩き、前まで行くと足を止め、そのまま跪き胸元で手を組んで目を閉じた。朝のお祈りをすると、身体がぽかぽかと温かくなった。
――見守られている、気はする。
神の祝福はこの屋敷に住んでいる人たちにも降り注いでいるみたいだし、昨日は街の人たちにも降り注いだ。……あのおじいちゃんを除いて、だけど。
「――わたしの記憶がよみがえっても、わたしがわたしでいられますように……なんて、ね」
本当は不安だ。記憶を取り戻したわたしが、
「……ありがとうございます」
顔を上げてお礼をいう。キラキラはわたしの中に入っていく感覚があった。
まるで、心配ないよって励ましてくれているみたいだ。弱気になるなんて、わたしらしくないよね、うん。
……でも、考えてみれば、自分がどんな性格かなんて、知らない気がした。
「うーん、五歳くらいのわたしってどんな性格だったんだろう……?」
「気になるなら教えようか?」
「うわぁっ、びっくりした!」
背後から声を掛けられてびくっと肩を震わせた。振り返るとディーンが「やぁ」とばかりに片手を上げていた。
「アクアはお祈りの時、無防備になるよね」
「……え、そうかな?」
「現にオレが来ても気付かなかったじゃないか」
「……確かに!」
ディーンは、「ね?」と微笑んで、わたしの隣まで近付き跪くと朝のお祈りを始めた。
お祈りしている間は他の人の言葉も入ってこないから……考えてみると危ないな?
気をつけよう……。それに気付かせてくれたディーンに感謝しつつ、彼のお祈りが終わるのを待つ。何分くらいお祈りしていたのかはわからないけれど、すっと目を開けてわたしを見ると立ち上がり、手を差し伸べて来た。
「おはよう、アクア」
「おはよう、ディーン」
朝の挨拶を交わして、わたしは彼の手を取って立ち上がった。
「……あれ、手袋は?」
「あ~……と、花をね、活けようと思って……」
「……それは今日の花壇当番に聞いてみてからね。アクアは手袋しないとダメ」
「……はぁい……」
そんなわけで自室へと戻り手袋をすることに。手袋をしているのとしていないのでは感覚が多少違うから、それに慣れるためでもあるらしい。貴族の生活、本当によくわからない……。
手袋をしてから部屋を出ると、ディーンが近くにいた。
「先にご飯食べようか」
「そうだね。……にしても、早起きだったね」
「ああ、うん。寝てない」
「……は?」
「星空を見ていたら、なんだか懐かしくなって、思い出していたんだ」
「いや、そこは寝ようよ!」
「平気平気。一日くらい徹夜したくらいで身体も思考も鈍らないから」
鍛え方が違う、というやつかな……?
「……魔物討伐隊って、そんなに過酷だったの……?」
「え、さぁ……? 他の隊にいたことないから、わからないや」
ディーンとバーナードがどうして魔物討伐隊に入隊したかもちょっと……いやかなり気になるわ……。うーん、気になることだらけ。
ディーンと一緒に朝食を食べた。温かいスープとオムレツとサラダとパン。美味しかった!
「……ディーンは、五歳までのわたしのことを知っているのよね」
「うん。シャーリーさまの後ろに隠れていたのを覚えているよ」
「……隠れて……?」
「人見知りだったみたい」
自分のことを聞いているハズなのに、覚えがないから変な感じ。……わたし、人見知りだったのか……。
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