第34話
人に浮遊魔法を掛けられたことがないから、なんだか不思議な気持ち。この神殿のことなら、わたしのほうがよく知っているから、陛下の前に出る。陛下は黙って、わたしに手を引かれていた。……なんだか、昔にもこんなことがあった気がするような、懐かしいような……?
いやいや、今、それを考えている暇はない! わたしたちがせっかく維持して来た結界が破られて、魔物たちはこの国に進攻しようとしている。……それにしても、たった十日くらいでこんなに瘴気が満ちる!?
神殿を抜けて空へと向かうけど、暗くてよく見えない。それなら――わたしが魔法を使う前に、陛下が魔法を使ったみたいで、辺りが一気に明るくなった。
「――っ!」
「これはまた……かなりの数が集まって来ているな」
冷静な陛下の一声。思わず陛下を見ると、なにかを考えているように見えた。光に照らされた魔物たちが、わたしたちに特攻してくる! 飛べる魔物ってこんなにいるの!?
「アクア、浮遊魔法は?」
「使えます!」
「ならば、手を離すぞ」
すっと手を離す。わたしは急いで浮遊魔法を使う。
陛下が剣に手を掛けて、すっと剣を鞘から抜く。綺麗な剣だ。思わずその美しさに見惚れるほどに。
「邪魔だ」
――たった一言、たった一振り。
……それだけで、わたしたちに向かってきた魔物を薙ぎ払った。……今の、なに!?
「一気に葬る。アクア、浄化できるか?」
「え? や、やってみます!」
「一気に行くぞ」
陛下は剣を目の前に構えると、文字を書くように指を動かすと、剣がキラキラと輝き出した。ただでさえ綺麗な剣がさらに輝きを増した……! って、違う、これは――……!
「いざ!」
「――神よ、我に力を貸したまえ――……」
地上に向けて剣を振り下ろす。魔物が次々と退治されていく……のを見計らって、浄化を掛ける。魔物はちゃんと浄化しないとそのうちまた蘇ると言われているから。……あれ、考えようによっては魔物全体がアンデッドなのでは……?
「……よくやった、アクア」
「……陛下が魔物を倒したからですよ……」
……それに、その剣……、わたしの勘が正しければ……。
「陛下、その剣ってもしかして……」
「ああ、聖剣だ。名はないがな」
「む、無名の聖剣……?」
「……これは、元はただの剣だったのだ。……いや、今はそれを話している暇はないな。王城に向かうぞ」
「は、はい!」
剣を鞘に戻して、すっと手を差し出された。わたしはその手を掴んで、案内するために王城へ向かう。――王城まで飛んでいくと、王城にはかなりの平民たちが集まっているようだ。結界が破れたことによるパニックで、王城へと助けを求めたのだろう。……そして、そんな平民たちを足蹴りする騎士たち……騎士の風上にも置けないわ!
「……やめなさい!」
上空から声を出す。大きく聞こえるように、風の魔法を使った。
気付いた人々が顔を上げてわたしたちのことに気付く。わたしは足蹴りされた人のところに降りて、そっとその手を掴み、目を閉じて治癒魔法を使った。騎士に蹴られたところを治すと、わたしは騎士を睨みつけた。
「弱きを守るのが騎士ではないの?」
「せ、聖女、アクア・ルックス……! いや、貴様は追放されたはずだろう! なぜここにいる!」
「聖女さまが追放された……?」
……どうやら平民たちは知らなかったようね。……それもそうだろう。こういう情報って、操作されるものだから。平民たちに動揺を与えないようにしていたのかもしれない。
「聖女さま、お助けください!」
「もう街の近くまで魔物が来ていると……!」
「いえ、その前にどうして結界が破れたのですか……!」
「……全く、こんな混乱を生み出して、この国の主はなにをしているのやら」
呆れたような声。陛下がわたしの隣に降り立ち、周囲をぐるりと見まわす。そして――騎士たちへ鋭い眼差しを向けると、騎士たちが怯んだ。
「王城へ避難してきた平民たちを見捨てるのが、ダラム王国のやり方か?」
「バカなことを言うな! 平民たちの命など、取るに足りん! 我らは高貴なる貴族たちの命を優先するために騎士になったのだ!」
……ああ、そうだ。この国の騎士たちは、自分の出世のために騎士になる人が主だった。騎士になると、貴族との繋がりも築きやすくなるから……。でも、でもね。わたしはそういう考え、否定はしないけれど、好きじゃない。
「――ほう、平民の命を取るに足りんとは……、なにもわかっていない若造のようだ」
おかしげに笑う陛下に、騎士が「なんだと!?」と拳を振り上げる。攻撃して来た騎士を交わして、陛下は足蹴りした……。
「騒いでいる暇があったら、魔物と戦ったらどうだ?」
陛下に足蹴りされて後ろに倒れた騎士を庇うように、他の騎士たちが前に出ようとしたのを……陛下が眼光を鋭くすることで下げさせる。……うーん、騎士たちよりも陛下のほうが若いと思うのだけど、この貫禄はどこから出るのだろう……。
「……我らの邪魔をするというのなら、ここで倒すが?」
「いやいやいや、喧嘩しに来たわけじゃないから! 平民の安全優先!」
慌てて陛下の服を掴むと、「そうか?」と動きが止まった。……この人、本気でここの騎士たち相手にしようとしていたと感じた……!
陛下……もしかしなくても、かなりの強者……! ディーンとバーナードの言っていたことが、身に沁みてわかったような気がした。
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