第9話
「あなた、本当にメイドとして働いたことがないの……?」
「以前の職場は、自分でやれることは徹底的に! ってところだったから」
「そ、そう……」
怒ると怖いんだよ、あの神官長。年に一度、わたしが神殿に来た日だけ優しかった。……優しい?うん、まぁ、普段よりは……?
……わたしがダラム王国の神殿に拾われたのは、今から十年前。わたしが五歳の頃だ。わたしは自分の歳以外覚えていなくて、この名前は前神官長がつけてくれた名前なのだ。誕生日も覚えていないから、前神官長が神殿に拾われた日を誕生日にして、その日にお祝いすることになった。
それにしても……ダラム王国大丈夫かな。新しい聖女サマがきちんと結界を張り直してくれるといいんだけど……。
……一瞬だけ、彼女の周りに瘴気を視た気がするけれど……、まぁ聖女サマなら自分で浄化出来るだろう。……っていうか、やっぱりあのオーレリアン殿下にムカムカするなぁ。人をなんだと思っているんだ! 儀式中に入って来るのもおかしいし!
国民に罪はないのだから、あのバカ殿下にだけ罰が当たらないかなぁ、なんて考えている時点で、わたし聖女じゃないのかも。ごろごろとベッドに転がっていると、ジュリアが話し掛けてきた。
「ねぇ、アクアの出身地ってどこなの? 私はこの帝都だけど……」
「……あ~、それがわたし、孤児でね。昔のことをあんまり覚えてないんだ」
「えっ、ご、ごめんなさい……」
「ううん、気にしないで。えっと、拾ってくれた人がいてね、その人が働いている場所で働かせてもらっていたの」
「……苦労したのねぇ……」
キッチンに行く前にも同じセリフを聞いたよ、ジュリア。
……懐かしいな。わたしを拾ってくれた前神官長は、元々あまり身体が強くなかったのか、わたしが七歳の頃に亡くなった。そして現在の神官長がその任についた。
神官長はわたしより十歳年上だから……今は二十五歳。当時は十七歳。かなりの若さだ。わたしに一番厳しく、一番優しかった人だったと思う。……多分。
「……逃げてくれていたらいいのに……」
あの神殿の神官や司祭たちは、わたしにとって家族のようなものだ。オーレリアン殿下によって国外追放を言い渡されたわたしだけど、家族のような人たちを思うくらいは許して欲しい。あと、国民に罪はないから、国民も。
――どうか、ダラム王国に光あらんことを。……オーレリアン殿下を除いて。オーレリアン殿下を除いて!
「アクア、なにか言った?」
「ううんっ、なんでもない。もう寝るね、おやすみなさい!」
「……おやすみ、明日はもう少し、声量を抑えてね……」
……わたしの声、そんなに大きいのかなぁ……?
☆☆☆
朝、日の出と共に起き出した。ぱちっと目を開けて、見慣れない天井に一瞬思考が止まったけど、そうだそうだ、メイドになったんだった!
日の出と共に起きちゃうのは癖だなぁ。ちらっと横を見るとまだジュリアは眠っていた。まだ眠っていてもいい時間なんだね……。とはいえ、起きちゃったし、日課でもやりますかね。
起き上がってベッドの上で目を閉じ、胸元で手を組んでお祈りをする。朝のお祈り。
神よ、無事に今日を迎えられたことを感謝いたします。無事に一日過ごせるように、天から見守っていてください。……を、もっと長くしたような祈りの言葉を呟く。ジュリアは眠っているから、静かに。
お祈りを終えると、メイド服に着替えて部屋から出た。
「……うーん、やっぱりちょっと、浄化しちゃおうかなぁ……」
目に視える黒のもや。薄いけれど、ちょっと気になる。職場に悪意が満ちているのはイヤだし……。わたしは辺りを見渡して、ゆっくりと息を吐く。……まだ軽い瘴気だから、そんなに被害はないだろうけど……。
だけどこれ、放置していれば確実にここを舞台にイヤなことが起こる気がする。そうなる前にちょいとね。
「アクア?」
「ふぁいっ!」
「しーっ、まだみんな寝ているよ」
地下から一階へ向かい、あてもなく廊下を歩いていると声を掛けられた。びっくりして声のほうへと顔を向けると、人差し指を口元で立てているディーンの姿が視界に入り、わたしは慌てて手で口を塞いだ。声量を落して「おはよう」と挨拶を交わす。
「随分早いね」
「ディーンこそ。あ、丁度いいや。ちょっと上まで一緒に来てくれない?」
「上?」
「屋根の上! ……の前に、玄関どこ? 裏口でもいいんだけど……」
「……ついて来て」
ディーンは眉を下げて微笑む。そして、歩き出した。わたしはディーンの後を追うように歩き出す。
昨日とは別の出入り口に案内してくれた。裏口かな? 外に出ると、ディーンが屋根を見上げてからわたしへ顔を向けた。
「屋根の上までどうやって行くのさ」
「え、魔法で」
わたしはにっこりと微笑んで、パチンと指を鳴らす。ふわり、と身体が浮く。浮遊魔法だ。ディーンにも掛かるようにしたから、ディーンも浮いている。ぷかぷか浮いていることに驚いたようで、「浮いている!」と目を大きく見開いていた。
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