第10話
わたしはディーンの手を取って、屋敷のてっぺんまで飛んだ。早朝だからかな、結構涼しい。だけど、それが心地よかった。
てっぺんについて、しっかりと屋根に足を置いてから魔法を解く。そして、改めて帝都をこの屋敷から見渡す。うーん、いい眺め!
「……浮遊魔法が使えるとは……」
「あ、勝手に連れてきちゃってごめんね。高いところ平気?」
「……そういうのは先に聞くべきだろうに……。平気だけどさ」
平気なのなら良かった。ディーンがやれやれとばかりに肩をすくめるのを見て、わたしはえへへと頬を掻く。
そして、しっかりと屋根からの景色を眺めた。……ダラム王国の神殿で見た景色とは、全然違う。そのことに今更ながら気付いて、なんだか胸が切なくなった。
「――さて、これからちょっと浄化するけど、気にしないでね」
「……え?」
ディーンがわたしを見る。わたしは目を閉じて口元近くで両手を組んだ。屋敷全体を包み込むようなイメージ。――ほら、瘴気はないほうがいいでしょう?
「――神よ、我が願いを叶え給え――……」
ぽわぽわと身体が温かくなる。ディーンが息を飲んだ音がした。
……せめて、お世話になるこの屋敷の人たちが、瘴気に纏われることなく過ごせますように――……、……、……、うん、神よ。張り切らなくて大丈夫です! 帝都全体の瘴気を消さなくても良かったんです!
「……君は、一体……」
ディーンが戸惑うような声を上げた。わたしは組んでいた手を下ろし、目を開けてディーンを見ると、にこりと笑みを浮かべる。
「わたしはアクア。ダラム王国の聖女だった――アクア・ルックス。改めてよろしくね、ディーン坊ちゃん?」
「……このことって、陛下に伝えなきゃいけないと思うんだけど……」
「えー? この国は七人も聖女や聖者が居るんでしょ? 別にいいんじゃない?」
「いや、君はうちではもったいない人材だよ……」
そういうディーンに、わたしは首を傾げた。
その後、わたしたちは屋根から降りた。朝焼けで染まる世界はどこで見ても美しいもので、わたしはちょっと満足した。住む場所が変わっても、世界自体は変わらないのだと改めて認識したからかもしれない。
「陛下に謁見できるように手配するから」
「しなくてもいいのに」
「……いや、ダラム王国でなにがあったのかは詳しく知らないけど、聖女として生きていたんだろ? いきなりメイドになるのは大変じゃないか?」
わたしのことを気遣ってくれているのだろう。本当に優しい人ね。うんうん、きっと多くの女性を射止めていたのだろうなぁ。そういう人たちは追い出されたみたいだけど。
「え、別に。休みがある仕事なんて最高じゃない!」
一緒に歩きながらそんなことを口にすると、ディーンは目を瞬かせた。そして怪訝そうにわたしを見た。
「まるで休みがなかったような言い方だな……」
否定はしない。そりゃあ一日七時間~八時間は寝ていたけど、年から年中一日丸々休みなんてなかったわよ……。遠い目をしつつため息を吐くと、ディーンが「え、本当になかったの……?」と驚いたような表情を浮かべて聞いて来た。
「ダラム王国の聖女はひとりだけよ? 休む暇なんてなかったわ……。新しい聖女がどうするかは知らないけど」
「新しい聖女?」
「バカでん――……オーレリアン殿下が連れてきた人。結界を張り直す儀式、途中でやめちゃったから……持って一ヶ月か二ヶ月ってところかな? 新しい聖女が張り直さない限りね」
神官や司祭たちだけでは結界を保てないだろうし……。いや、そもそもその力が残っているかどうかも怪しいわ。
ダラム王国とアルストル帝国ってかなり離れているから、恐らくしばらく倒れ込むだろう。不慮の事故なのか、意図的なのかさっぱりわからないけれどね!
「……ダラム王国からここまで、かなりの距離なのによく来れたね……」
転移の事故です。あの転移魔法陣、ダラム王国の国境までしか飛ばないハズだもの。……そうとも言えずにわたしは肩をすくめた。そのうちに、人が起き出して仕事をする音が聞こえ始めた。
「それじゃあ、わたしは仕事に向かうね!」
「ああ、またな」
わたしとディーンが一緒に居るところを見られるのは、さすがにまずい気がして、わたしはディーンよりも先に屋敷内に入った。そして地下に向かい、キッチンへと早足で歩く。キッチンメイドたちが黙々と作業しているのを見て、慌ててわたしも手伝った。昨日も思ったけど、本当に何人この屋敷にいるんだ! と思うくらいの量よ……。
朝食の準備を終えてからまかないをいただいた。うーん、やっぱり美味しい。ちらりと周りを見ると、うん、昨日よりもみんな、清々しい表情を浮かべている。良かった。一気に浄化して正解! ……正解、だとは思うんだけど、……まさか帝都全体を浄化しちゃうとは思わなかった……。
まかないをいただいた後は、お皿を洗ったり、ジュリアと一緒に掃除したりした。ビトウィーンメイドは中々忙しい。
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