第8話

 キッチンに向かい、ジュリアがキッチンで働く人たちにわたしのことを紹介してもらい、早速働くことになった。山のように重なっている食器を洗う仕事。挨拶もそこそこに「さっさと洗って!」といわれたので、早速洗うことにした。

 いやぁ、ギトギトに汚れているのを見て、どのくらい放置していたんだろうとちょっと呆れた。下げてすぐに洗えばこんなに落ちにくくなることないだろうに。ジュリアはじーっとわたしが働いている姿を見ていた。

 ……正直、自分が働いている姿を見られるのは慣れているのよね。これでも聖女だったわけだし。聖女って公務の時はどうしても見られるし。


「手際良いわね」

「そう?」

「はい、これ追加!」


 山のように皿が追加された。まぁいいけど。っていうか、追加した人はなにもしていないことが気になる。休憩中? 追加された皿もすべて洗い終わると、その人が皿を取ってマジマジと見つめ、チッと舌打ちをした。……あー、瘴気に包まれているなぁと思い、わたしは行動に移すことにした。


「……あら、大変。先輩のエプロンに汚れが」

「はぁ!?」


 舌打ちした人のエプロンを払う振りをしつつ、彼女に触れる。ぽんぽんとエプロンを叩くのと同時に、浄化の言葉を口にした。すると、彼女はびくっと身体を震わせた。瘴気が消えたのを確認してから、改めて先輩に顔を向けると、憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔をしていたのを見て、ホッとした。


「……あら、あなたは誰だったかしら?」

「アクアです!」

「あらあら、お皿が全部綺麗になっているわね。あなたがやったの?」


 こくりとうなずくと、「助かったわ」と優しく言われた。そのやり取りを見ていたジュリアが「ええ、あの人があんなに優しいの初めて見た……」と口にする。どのくらいの期間瘴気を纏っていたのかわからないけど、そりゃあれだけの悪意に包まれていたら性格も悪くなるわ……。

 ……なーんかこのお屋敷、至る所に悪意が蠢いている気がする。この瘴気、一気に浄化しちゃおうかなぁ。でも、そうすると変に目立っちゃうかもしれないし……。


「……ぁん? 誰だ、お前」

「アクアです! ……よくそんな重そうなもの担げますね……」


 食材の入った箱をドスンと置いた大柄の男性。……なんか、この人にも瘴気が視える。……なんなんだ、公爵家。ジュリアは纏っていなかったのに。置かれた箱に入っている食材を見るために大柄の男性に近付いた。すると、見るからに美味しそうな野菜が見えた!


「わ、美味しそうな野菜!」

「あー? そりゃうめぇに決まってんだろ。俺が目利きしてんだから」

「……あなたはどちら様?」

「料理長のジェームズだ」


 料理長自ら野菜を選んだのか。じゃあ美味しいに決まっている。つやつやの野菜を見てそういうと、彼は目を丸くした。そしてじーっとわたしを見る。わたしも同じようにじーっと料理長を見てからにこっと笑い、握手を求めるように右手を差し出した。

 野菜を褒められて満更でもないのか、握手してくれた。それと同時に、わたしは「よろしくお願いします!」とブンブン握った手を振りながら、浄化の言葉を口にする。……まぁ、古代語だから誰にも聞き取れないだろうけど。


「なんだぁ、今のは?」

「なんとなーくスッキリした気がしません? おまじないのようなものです!」

「うーん、確かになんか気が晴れたな。よーし、旦那さまたちのために、うまい料理の下ごしらえをするか。お前ら、手伝え!」

「えっ、わ、私もですか?」

「あー、ジュリアは休みだから、休んでいていいぜ」


 ホッとしたようなジュリアを見て、わたしは首を傾げた。……でも、なぜジュリアがホッとしていたのかすぐにわかった。……量が……多すぎる……! も、もうジャガイモの皮を剥きたくない……! って、くらいの量だった……! 食器の山の次はジャガイモの山を見ることになるとは……。

 時間が時間だったのか、休憩中だったキッチンメイドもキッチンに戻り、下ごしらえを手伝ったけど、かなりの量だ……。恐らく、まかない分もあるだろうから、一体この屋敷に何人いるんだろうと考えるくらい。……まぁ、いいんだけど。


「新入り、お前ナイフの扱い慣れてんな」

「えへへっ」

「その調子でこっちもだ」

「……え……」


 どかっと追加のジャガイモが渡された。……本当に何人働いているんだ、公爵家!

 ある意味洗礼を受けた気分になりつつ、スカラリーメイドとして頑張ったわたし、えらいっ! 自分で自分を褒める。下ごしらえは手伝ったけど、料理は料理長を始めとする料理人たちがしていたので、わたしはまたお皿を洗うことに集中した。その間に、このキッチンに漂う瘴気を浄化した。みんな、どこかスッキリしたような顔をしているのを見て、息を吐く。

 そのうちに「今のうちに食ってろ」とまかないが用意された。まかないはとっても美味しくて、他の人たちと一緒に食べるのも中々新鮮だった。その後、食べ終えたお皿をまた洗う。すべて洗い終わると、「お疲れさん、もう休め」と料理長に言われて、わたしは改めて全員を見渡して自己紹介をしてから、ジュリアと一緒に部屋に戻り、パジャマに着替えてジュリアにどっちのベッドを使っているのかを尋ねて、使っていないほうのベッドへとダイブした。

 うわぁ、使用人のベッドなのにふっかふか! さすが公爵家! 神よ、新しい職場を与えてくださって感謝します!

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