第22話

「わたしが誘拐されたのって、そんなに話題になったんですか?」

「ああ。なんの痕跡もなく連れ去られたからな……。まさかあのような小国が……。本当に、どうしてくれようか――……」


 怒りに満ちた瞳を見て、思わず息をのむ。……どうやって誘拐されたのか、気になるような、知ってはいけないような気もして……。そもそも、ダラム王国はなぜわたしを誘拐したのか……。謎は尽きないわね……。


「結界はもう二~三週間もすれば解けるので、そのうち魔物に攻撃されると思いますけど……。うーん、でもやっぱり、納得いかないなぁ」

「納得?」


 陛下が不思議そうにわたしを見る。その表情は案外幼く見えた。


「だって、わたしを攫うように命令したのはどうせ上層部でしょう? どうしてそのツケをなんの罪もない国民が払わないといけないんですか。一番に犠牲になるのは、弱い人たちですよ」

「……驚いた。君は、ダラム王国に情けを掛けるのか」

「情けというか……。国民は、わたしのことを聖女だと慕ってくれました。お祭りのパレードで、『聖女様!』とか『いつもありがとうございます!』って感謝の言葉を伝えてくれたのは平民でした。貴族からは『それが当たり前のことなのに、なぜ感謝しなければならない』と言われたこともありますから……」

「よし、その貴族の首を取ってこよう」

「却下でお願いします!」


 過激派だ、この人……!

 ダラム王国でのわたしの扱いは、平民と貴族でかなり違うものだった。貴族は自分が守られるのが当たり前って感じの態度だったから、あんまり好きじゃなかった。……っていうか、聖女であるわたしを見下していたよね、あれは……。こいつより俺は上の立場! みたいな。

 ……わたしの癒しは平民と神殿のみんなとコボルトの集落だけか……、本当に納得いかない……。


「……もしも君に……、復讐の機会が訪れたらどうするのだ?」

「復讐、ですか……? そうですね……、とりあえず、わたしのことを追い出したバカ殿下……いえ、オーレリアン殿下は一発殴りたいかな。あと、攫った人たちとそれを計画した人たちも! 後は……神殿の人たちと話し合いがしたいです。国と命運を共にすると言い切ったから……」


 神官長たちは、絶対に結界が破られると思っている。……いや、わたしもそれは思っているんだけど……。国と命運を共にすると言い切るくらいに、愛国心があるとは思えないんだよね……。神殿の人たち……。だってほぼ丸投げされているんだもの……。


「……ふむ。それでは質問を変えよう。もしも助けられるとしたら、平民を助けたいか?」

「それはもちろん。だって、わたしは国を守る聖女だったんですから!」


 結界を張る=国を守る、だ。平民たちはわたしにとって、守るべき存在だった。だから、がんばって結界を維持していたのに……。陛下はそれを聞いて、顎元に片手を添えるとにやりと口角を上げた。……? どこに、笑う要素が……?


「つまり――平民と神殿の者だけを助ければ良いのだな?」

「……え?」


 えっと、それは一体どういう意味……? まるで、貴族と王族は助けないような言い方なんだけど――……。


「我が国の王族を攫った罰は受けてもらわないとならん。晒し首にでもするか?」

「呪われそうだからイヤです!」

「では、塔に閉じ込めることにするか?」

「いや、それも絶対瘴気案件!」

「……ならば、普通に命を奪うか。……いや、じわじわと追い詰めていくか……」


 さらっとすごいこと言ってない? わたしは思わずディーンに視線を向ける。ディーンは頭が痛そうに眉間に皺を刻んでいた……。……この陛下、これが通常運転なんていわないよね……?


「あの、そんなことで陛下の手を汚すわけには……」

「そんなこと? 『そんなこと』ではないのだ。おばあさまの孫が攫われたのだぞ」


 ……本当におばあちゃんっ子だったみたい。おばあさま、って言葉に愛情を感じる。……わたしーは「う~ん」と唸り、陛下を見る。陛下の瞳には怒りの炎が……気のせい、ではないな、うん。

 それだけ彼にとってショッキングな出来事だったのだろう。……記憶がないからわたしは他人事のように思えているのかな。当事者なのに。でも……わたしのために、陛下がその手を汚すのは違うと思うんだ。


「……陛下は、どうしたいのですか……?」

「全員の息の根を止めたいくらいだ。アクアが止めるから、王族と貴族だけにするがな」

「……決定事項!?」


 どうやら陛下の中では王族と貴族になんらかの罰を与えることが決定事項のようだ。……ってことは、ダラム王国……魔物に攻め入られる前に滅ぶのでは……? でも、平民と神殿の人たちは助けてくれるっぽい……? ただ、助けるってどうやって……?


「……ええと、助けた人たちはどうするんですか?」

「我が国で受け入れよう」

「……そんなことが、可能なのですか……?」


 そりゃあ、確かにアルストル帝国は広いから、どこかに移住させることは出来るかもしれないけれど……、ダラム王国とアルストル帝国ってめっちゃ遠いんだよ? 一体どうやって人々を迎え入れるつもりなのかな……。


「可能か不可能かと問うか。私が言っているのだ、可能に決まっている」

「ど、どうやって……?」

「転移石を使えば簡単なことだ」


 ……あの石、そんなに遠くまで行けるの!? てっきりアルストル帝国限定かと思っていた。


「……陛下。転移石では国境までしか行けませんよ」

「アクアが居るだろう。彼女の神力しんりょくがまだ残っているはずだ。それを道標にし、転移石に組み込めば……」


 ディーンが考え込むように口元に手を添えて「なるほど……」と呟いた。


「……ですが、そのためにはかなりの人数が必要になりますよ?」

「構わん。アクアの望みが一番だ」

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