第23話

 ……なんでそんなにわたしに対して良くしてくれるんだろう。ちらりと陛下を見ると、陛下はわたしを見てふわりと微笑み、頭を撫でた。


「妹のような存在が戻って来たのだ。私が張り切らなくてどうする」

「……わたし、陛下ともお会いしたことがあるんですか?」


 陛下は懐かしむように目元を細めてうなずいた。


「ああ。幼い頃は共に遊んだぞ。アクアは覚えていないようだが、私はしっかりと覚えている。『ルーカスにいさま』と呼んでくれていた」


 記憶を失う前のわたし、そんなに陛下と一緒に居たの!? そのことに驚きながらも、陛下の名前を知った。ルーカスというのか。……いや、そりゃ陛下だって名前持っているよ。わたしが知らなかっただけで……。


「今もそう呼んでもらって構わないが?」

「遠慮しておきます!」


 そんな恐れ多いことが出来るかっ。と、内心思いつつ、ぶんぶんと首を横に振っておいた。ちょっと残念そうに見えるのは気のせいだと思いたい。


「……残念だ。まぁ、ダラム王国については追々話し合うことにしよう。なに、手っ取り早いのは私が乗り込んで行けば良いしな。そこも含めて、また今度」

「乗り込むのはちょっと、ダメなのでは……?」

「一番手っ取り早いぞ?」


 くつくつと笑う陛下。……目が笑っていないわ。とっても! 怖いんですけど……! 助けを求めるようにディーンを見ると、ディーンがこほんっと咳払いをして、「陛下、そろそろお時間では?」と声を掛けた。

 陛下は「ああ、そうだな」と立ち上がり、「執務室にいるから、なにかあったら来なさい」とわたしに向けて言葉を発してから歩いて行った。……そういえば、お城の中とはいえ、陛下がひとりで歩いていて大丈夫なのだろうか……。去っていく背中を眺めながら、そんなことを考えた。

 ……陛下がわざわざダラム王国に乗り込むって、「やぁ、滅ぼしに来たよ!」って感じになるのは気のせい……じゃあ……ないよね……? そもそも、陛下が国を空けていいのかな、公式の場ってわけでもなく、ただ復讐のために。……その復讐の原因がわたしか……。なんだか、やるせない。

 聖女として育ったけれど、わたし自身はただの人間だ。この手にあるのは、なにもない。

 そんな人間のために、血を流そうとしている人がいるというのは、よくわからない感情が生まれるものだ。……とりあえず、今は困惑が強いかな。


「……風が出てきたね、部屋へ戻ろう」

「……うん、そうね」


 わたしとディーンは、部屋に戻った。部屋にはバーナードがまだいて驚いた。てっきりもう帰っているもんかと思っていたと伝えたら、そういうわけにもいかない、と返された。……大変ねぇと他人事のように思っていると、バーナードが呆れたような表情を浮かべた。


「せめて金くらいは持って行けよ……」

「ああ、それで待っていてくれたんだ? 案外優しいのね」

「案外とはなんだ、案外とは!」


 怒られた。とはいえ怖くないけど。ちらっとディーンを見ると、小さく微笑んだ。わたしは肩をすくめて椅子に座り、ぐったりとテーブルに突っ伏した。その様子を眺めていたバーナードが、ちょっとだけ優しい口調で「そんなに疲れたのか?」と聞いて来たので、のろのろと顔を上げてバーナードへ視線を向ける。


「お偉いさんとの食事って、疲れるものじゃない……?」


 なんせ相手は帝国の主だ。向こうはわたしの幼い頃を知っているみたいだけど、こっちはひとつも覚えていない。そりゃあ嫌われるよりは好かれているほうがいいに決まっているけど、さ。こう……なんか、覚えてないことに罪悪感を覚えちゃう。


「あ、料理は美味しかったよ」


 ノースモア公爵邸の料理も美味しかったけど、さすがお城って感じの味だった。どれも美味しかったけれど、出来れば気を許せる人と一緒に食べたい感じの味。食後の話も話だったし。……陛下、本気で乗り込むつもりなんだろうか……。


「……お腹いっぱいで眠くなってきちゃった……」


 こてんとテーブルに額をつけて呟くと、ディーンがわたしの肩に手を置いて、


「それならベッドを使って。オレらは廊下にいるから、なにかあったらすぐに呼んで」


 と、口にしたので慌てて顔を上げてディーンとバーナードを見た。


「え、仕事に戻っていいよ?」

「……だから、今日の俺らの仕事は、お前に付いていることだって」


 それはまぁ、そうなんだろうけど……。なんか悪いような気が……。


「まぁまぁ、オレらのことはいいから、休みなよ。疲れたでしょ?」


 確かに疲れてはいるけど……。いや、うん。そう言ってくれるのなら、安心してお昼寝出来るな、と思って「じゃあお願い」と頼んだ。

 用意されているベッドに飛び込むと、ふわふわと身体を包み込むような柔らかさで驚いた。さすがお城! いいベッドを使っている! 枕を抱きしめるようにしながら目を閉じると、あっという間に夢の世界へ旅立った。

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