第80話
「……よく、それで一緒に遊べたね」
「あはは、確かに。まぁ、アクアたちは離れたところで暮らしていたからね、オレらのことが珍しかったんだと思うよ」
「離れたところ?」
「うん。あ、領地ってわけじゃないんだけど……。シャーリーさまはこの街よりも夫が暮らしていた街に住んでいてね、たまに顔を見せに来てくれていたんだ」
そうだったんだ。……わたしが住んでいた街ってどんなところだったんだろう。ちょっと興味が出て来た。
「ディーンは行ったことある?」
「遠征で数回。良い街だったよ。ステラさまが生まれた場所でもある」
「大聖女ステラの故郷……」
……それは気になるわね。きっととても空気が澄んでいるんだろうなぁ。瘴気が全くなかったりして!
「それはいつか行ってみたいわね」
「陛下の誕生日が過ぎるまでは無理かもね」
「あはは、それは確かに」
行って戻って来る間に陛下の誕生日が過ぎてしまったら元も子もない。そう考えて肩をすくめると、小さく眉を下げたディーンが見えた。
「ところで、今日はどう過ごすの?」
「え? えっと……刺繍糸買いに行こうかな~って思ってた」
「そっか、じゃあお店が開く時間くらいに迎えに行くよ」
「うん、ありがとう」
以前、付き合わせちゃってごめんね、と口にしたらディーンとバーナードにそれが仕事と返されたことがあるので、お礼だけ伝えることにした。
「それじゃあ、また後で」
「仮眠くらいは取りなよー」
「はは、うん、そうだね」
食べ終えた食器を片付けて、ディーンたちが来るまでどんな刺繍にしようか自室で考えようっと。……花壇の花、と思ったけど、花壇当番もまだ寝ているだろうし、寝ている間に大切に育てていた花が手折られたりしていたらショックを受けるよね……。
うん、やっぱりちゃんと聞いてからじゃないとダメ。刺繍糸を買いに行く時か、帰って来た時に聞いてみればいいか。そう結論付けて、わたしは自室へと戻った。
紙とペンを取り出して椅子に座り机に向かう。とはいえ、本当にどういう刺繍が良いのかしら……。可愛らしい感じだとルーカス陛下のイメージに合わないよね。彼の場合格好いい、や美麗、が良く似合うから。そうなると可愛い動物の刺繍はダメだ。イメージに合わない。となると……名前? ……いや、それもちょっと……。かっこいい系の動物……? って、なにがあるのかな。
「うーん、折角だから喜んでくれるような刺繍がいいんだけどなぁ……」
……しまった、全く思いつかない。ルーカス陛下のイメージ……イメージ……。
……バラ? いや、なんかこう、華やかというか、そんな感じなんだよね。話していると……。苦労人ではあるんだろうけど。十五歳で玉座にって、どれだけの苦労があったのか……。
いや、むしろ可愛い動物の刺繍が良いのかな。ちょっとでも和むように……。……ああ、本当に難しい!
それに難易度が高いのはちょっとキャパシティオーバーだ。貴族の勉強中でもあるし、そっちのほうがおろそかになりそう。それはイヤだし……だって折角習っているのだもの……。
「……ワンポイントの刺繍なら動物でも良いかな……」
鳥とかウサギとか? そういえば、あの連絡鳥、人によって姿が違うのよね。魔力の関係かしら?
ふと、思い付いた。わたしは空中に文字を書いてそっと手の中に閉じ込めて連絡鳥を作る。ぱっと手を離すと連絡鳥がわたしの周りを飛んでいた。……この鳥でいいんじゃないか、とじっと観察する。トントン、と机の上を叩くと、連絡鳥はちょこんとそこに立ってくれた。わたしが作った連絡鳥の色は水色。魔力で作っているから、本物の鳥ではないことがすぐにわかる。
「ちょっとスケッチさせてね」
紙の上にさらさらと絵を描く。……絵心はあまりないけれど、大切なのは思いよね。と自分を納得させながら。描いていると興が乗って、ディーンが迎えに来るまで連絡鳥を描いていた。扉をノックされる音に気付いて、慌ててその紙を引き出しの中に隠し、連絡鳥に触れて文字を確認する。ちなみに書いた文字は『ルーカス陛下への誕生日プレゼントになるかな?』だった。
自分宛てに出したので、じっくり観察することが出来た。
「アクア?」
「ごめん、今行くー!」
パタパタと出掛ける用意をして扉を開けた。刺繍糸、どんなのにしようかなぁと考えながら、扉を開けるとそこにいたのはディーンで、バーナードの姿はない。あれ? と思いキョロキョロ辺りを見渡すと、「今日は御者するんだって」とディーンが教えてくれた。
御者も出来るのか、バーナード。すごいな。
「……もしかして、魔物討伐隊の人たちって有能?」
「有能かどうかはわからないけど、割となんでもできるよ」
……それを有能というのでは。うーん、ここの屋敷には勿体ない人たちなんだろうなぁ、本来のスペックを考えるなら。……でも。
「あ、アクアさま、おはようございます。いい天気ですね」
「お出かけですか? お気をつけて行ってらっしゃい」
って、優しく声を掛けてくれるのよね。良い人たちだ、本当に。
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