第41話

「……労働のことは追々決めていく。逃げ出そうとしたものはその場で処罰する。アルストル帝国で一番過酷な場所へ派遣してやるから、楽しみにしていろ」


 楽しそうにそういって、ルーカス陛下はわたしを連れて部屋から出て行った。部屋からはよくわからない悲鳴と泣き声が聞こえて来た。パタン、と扉が閉まると聞こえなくなったけど……。ディーンとバーナードも出て来た。そして、近くにいた騎士たちが代わりに部屋に入る。


「命を絶たれるのも面倒だ」


 ……どうやらその騎士たちは見張りのようだ。


「……あの、ルーカス陛下。……神殿の人たちは、どちらに?」

「ダラム王国の神殿に残っている。魔法陣を綺麗にしてから、今後のことを話し合うと言っていた」

「話し合う……」


 どうやら神殿の人たちとは平和的に? 話し合うようだ。

 ……それにしても、わたしは一体どこに向かっているのだろう。ルーカス陛下と手を繋いだままだから、わたしのことを知らない人たちが怪訝そうな表情でこっちを見ているんだけど……。

 少しの間歩いて、ルーカス陛下は部屋に入っていった。手を繋いでいるわたしも、強制的に入ることになる。ディーンとバーナードも一緒に入る。……えーっと。どうすれば……? 困ったな、と心の中で呟き、助けを求めるようにディーンとバーナードに視線を向けた。


「とりあえず、そこのソファに座れ」

「あ、はい」


 ソファに座ると、わたしの後ろにディーンたちが陣取った。……これからなにが始まるというのか……。ドキドキしていると、ノックの音が聞こえ、ルーカス陛下が「入れ」と口にする。すると、老人たちがぞろぞろと入って来た。

 あ、わたしたちがダラム王国に行く時に会った老人たちだ! 老人たちはわたしを見て、じろっと睨んできた。……まぁ、うん。そうなるよね……。

 でも、それをルーカス陛下が咎めるように睨んだ。バチバチと火花を放っているような……。とりあえず気のせいだと思いたい。


「……陛下、なぜこの娘がここに……?」


 それわたしも知りたいわ。老人たちもソファに座り、ルーカス陛下がわたしの隣に座る。


「私とアクアの顔を見て、なにを感じないのか?」


 呆れたような言葉を投げつける。老人たちはじぃっとわたしとルーカス陛下、そしてディーンを見る。……なんでディーンも?


「……ステラさまに似ている……?」

「ルーカス陛下とディーン卿にも似ているぞ」

「……他人の空似というやつか?」


 ひそひそと話し合う声が聞こえる。……聞こえるように話さなくても……。

 そういえば、この人たちは……一体どんな役職を持っている人たちなんだろう? あの時にはいなかったよね、わたしとルーカス陛下が会った時。


「……アクアは大聖女ステラの孫だよ」


 助け舟を出すようにディーンが老人たちに言葉を掛ける。その言葉を聞いて、老人たちの動きが止まり、ギギギ、なんて音が聞こえてきそうなくらいの動きでわたしへ顔を向けた。ホラーみたいで怖いんですけど……。


「ステラさまの……?」

「アクアの髪色はアルストル帝国の王族と同じ水色に近い銀色だ。瞳の色だって同じだろう」


 強調するようにトントンと自分の目元を叩くルーカス陛下。……まぁ、確かにルーカス陛下の髪も水色に近い銀色よね。瞳の色は……気にしたことがなかったから、思わず凝視してしまった。色の濃さの違いはある……かな?

 わたしのほうが濃い気がする。



「……ならば、十年前の……?」

「生きていたのか……」

「……ダラム王国の王族や貴族たちもこの城に置いている。十年前の事件のこと、改めて調べ上げるつもりだ」


 わたしが攫われたという十年前の事件。……なんだろう、心がぎゅっと痛くなったような気がして、わたしは自分の胸元に手を置いた。


「それと、ダラム王国は我が国に下った。ダラム王国の貴族たちはオールトン地方に向かわせ、労働をさせよ」


 ……オールトン地方ってどこだ……。アルストル帝国って広すぎるんだよね……。小国のダラム王国でさえ、街や村のすべて、視察に行けなかったし……。……いや、視察ってわたしの仕事ではなかったよね? 本来なら領地を治めている貴族の役目だよね?

 もう聖女の仕事がどこまでだったのかもわからないわ……。


「じゅ、十年前の事件のことを調べて、どうするおつもりなのですか」

「私はただ、真実を知りたいだけだ。なぜアクアが攫われることになったのか、そして……その日、都合よく国境を越えたダラム王国の者たちがいたのか、な」


 ルーカス陛下の話を聞いて、確かに、と心の中で呟いた。あまりにもタイミングが良すぎる。わたしが本当にその事件の日に攫われたのなら、誰かがダラム王国に密告していたという可能性もあるわよね……。正直、全然覚えてはいないのだけど。


「――王族を敵に回しているのだ、それなりの覚悟はあるだろう?」


 にっと笑うルーカス陛下の背後に、怒りのオーラを感じた……。……ダラム王国と、誰かが繋がっていたとして、どうしてそんなことをしたのか……。そこら辺もわかるのかな?

 怯えるように身をすくませる老人たちを眺めて、わたしは老人たちとルーカス陛下に視線を向けて、これからのことを尋ねた。わたしの扱い、どうなるのか聞いていなかったし。とりあえず、わたしの意志は尊重してくれるみたいで、わたしが望まない限り王族の血を流していることは伏せてくれるらしい。

 ただ、この国の王族=水色に近い銀髪という認識があるらしく、バレるのは時間の問題とのこと。

 ……わたしにどうしろというのか……。ゆっくり息を吐くと、わたしの顔色を窺うように老人たちがじーっと見ていた。……見世物じゃないのよ。という気持ちを込めて睨んでみると、さっと顔を背けられた。……いきなり王族の血を引く者が現れたのだから、半信半疑になる気持ちはわからなくはないけどね。……むしろ、わたしが否定したいかもしれない。

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