第82話
まぁ、それに今は刺繍の糸を買うほうが先だしね。街を歩きながらいろんな場所を眺めていると、武器防具屋が視界に入った。わたしはふたりに尋ねる。
「ディーンたちが使っている武器や防具もあの店から?」
「いや、あそこは冒険者用」
「俺たちの武器防具は違う工房で注文してる」
「へぇ……、え?」
武器防具屋が他にもあるってこと? そしてこの街にも冒険者が居るってこと? 思わず目を瞬かせた。
「冒険者用と騎士用はちょっと違うからね」
「そうなの?」
「冒険者用は幅広く、騎士用はどこの騎士かわかるようにマークがついている」
「……騎士用の武器防具屋って儲からないんじゃ……?」
「訓練用の剣や防具もそこからだから、割と儲かっているんじゃないかな」
「消耗品だからな、あれ……」
……そうなんだ。世の中にはまだわたしが知らない世界がたくさんあるんだな……。……いや待って、わたし元々世界の広さを知らないわ。こうして歩いて、疑問に思ったことを口にして、返答が来るってありがたいことね。
しばらく歩いて目的地についた。よし、刺繍糸を探すぞ! ……練習用を含めるとどのくらいの刺繍糸が必要かしら……。そんなことを考えながらお店に入ると、「いらっしゃいませ」と明るい声が掛けられた。
可愛い服を着た店員がわたしたちを見ると目をパチパチと瞬かせる。ディーンとバーナードがいるからだろうか。
「――なにかをお探しですか?」
ハッとしたように声を掛けてきた。わたしが「刺繍糸を……」と口にすると、その場所まで案内してくれた。
「ごゆっくりお選びください」
小さく頭を下げてから、さっきの場所まで戻るのを見送り、わたしはよーし、と気合を入れて刺繍糸を眺める。こういうのはきっと直感が大事。そうじゃないと中々選べないと思うから。だってこんなにたくさんあるんだもん。
……それにしても本当にたくさんあるなぁ……。色的には水色や紫が欲しいのだけど……どちらもルーカス陛下の色だし。……いや、わたしの色でもあるような……。うーん、濃くはなく、薄めの色が欲しいから、こっちのほうかなぁ……。
刺繍糸を選んでいる最中、ディーンもバーナードもなにもいわなかった。わたしの好きにさせてくれていた。たっぷり時間を掛けて、選び抜いた刺繍糸はなぜか輝いてみた。うんうん、この刺繍糸ならきっとわたしが思い描く刺繍にぴったりのハズ!
わたしは店員の元へと向かい、会計をしてからふたりの元へ戻る。ディーンがひょいと荷物を取った。
「刺繍糸は軽いのに……」
「……慣れようね」
困ったように眉を下げるディーン。わたしは肩をすくめた。
お店を出て、折角だからと街中を歩いているとぞわっと背筋に悪寒が走った。――悪意を感じて振り返ると、見知らぬ人が街の人たちをナイフで斬りつけていた。飛び散る赤い血を目にして、「……ぁ」と小さい声が出る。わたしの声に気付いたのか、その人はこっちに向かってきた。
「アクア!」
バーナードがわたしを庇うように前に立って押した。ナイフが、バーナードの頬を掠める。
……わたしは……この光景を知っている……。
ズキン、と頭の奥が痛くなる。それに耐えられずに身体がふらついた。ディーンが支えてくれなかったら、わたしはきっと地面に倒れていただろう。
剣とナイフのぶつかり合う音が聞こえる。バーナードが戦っているみたいだ。
『逃げて、リネット!』
『お前だけは、生きるんだ!』
――頭の奥で、そういわれた。誰なのかわからない――ううん、知っている。手を伸ばしても届かない、遠いあの人たち。
もう二度と、わたしの前で誰も死なせはしないと誓ったのに――……!
パァンっ、となにかが弾けるような音が聞こえた。わたしの中にある
「――神よ、我が願いを叶え給え――……」
と、小さな声で呟いた。杖を持つ手が震えた。ディーンに支えられながら、杖を上に掲げると、街中に白い光が降り注ぐ。――もう誰も失いたくない。
白い光は怪我をした人を癒し、襲ってきた人を拘束した。その隙にバーナードがその人を気絶させる。どさりと地面に倒れたのを見て、わたしの意識は遠のいた。
☆☆☆
『いい天気で良かったわね、リネット。お誕生日おめでとう』
『旅行日和だなぁ。リネット、欲しいものは思い付いたかい?』
優しい表情を浮かべるひとたち、まだ幼い頃のわたしの姿。
『……わかんない』
女性に隠れるようにして、ちらりと男性を見つめる。彼らは顔を見合わせてふふっと笑っていた。
『シャーリーさま、本当に私がついて行かなくてよろしいのですか?』
『ええ。悪いわね、スーザン。ここまでついて来てくれたのに』
『いえ……。旅行、楽しんで来てくださいね』
『スーザンも、たまの休暇を楽しんでね』
仲が良さそうな会話だ。シャーリーさまとスーザンさん。
『リネットさまも、楽しんで来てくださいね』
『……うん、ありがとう……』
やっぱりシャーリーさまの後ろに隠れている
馬車に乗り込み、わたしの誕生日を祝うための旅行先へと向かう途中で――護衛の騎士も、両親も――……。目の前が赤に染まったあの日、
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