第91話
……一体どうなっているんだ、この国。ステラは人と交らわないで子どもを産み、ディーンは人間の身体を作り上げられ、偽りの記憶を植え付けられた。……なにを求めているのか、さっぱりわからない。
――いや、わかることはある。神殿なのか、ステラの父なのかはわからないけど、彼女の神力を失いたくなかった。そして、ステラもそれを受け入れた。
「前王……いや、前々王? が、影武者だったってこと……?」
えっと、前王がルーカス陛下の父親だから……。うん、やっぱり前の前。……えーっと、そうなると……。
ステラの父は、神殿の力を強くするために当時の王太子とステラを結婚させた? 当時の陛下っていっていたから、婚約かもしれない。そこらへんはわからないけど。
そして、ステラが自分とそういうことをしていないのに子を宿したのを見て、狂ってしまい塔に閉じ込められた。
「ステラは何歳ごろに子どもを産んだの?」
「長女であるウェンディさま……公爵夫人ですね。公爵夫人を産んだのが二十歳の頃、二十四歳に前王陛下であるレナルドさまが、そしてその十年後、シャーリーさまを」
……ってことは三十四歳に次女を産んだのね。じゃあ、お母さまは何歳の頃にわたしを産んだのだろう?
「えっと、シャーリーさまはいつわたしを産んだの?」
「二十歳ですね」
じゃあ、五十四歳。……産む一年前だから五十三歳の頃には
「……もしかして、お母さまが一番先に亡くなった……?」
こくり、とリリィがうなずいた。その表情は痛ましそうに歪んでいた。
「……ステラさまは、末っ子のシャーリーさまを溺愛していましたので、亡くなったと報せを受け、倒れてしまいました」
「……えっと、その……ステラは……」
リリィは一度目を閉じて緩やかに首を振る。
「……シャーリーさまが殺されたことが、あまりにもショックだったのでしょう。その一年後に……神の御許に逝かれました」
「……そう」
六十歳で亡くなったのね……。……ルーカス陛下はおばあちゃんっ子って聞いたけど、ルーカス陛下が産まれたのはわたしより五年前。記憶に残るのが三歳くらいとして、七年間の思い出。
面影を、探していたのかなぁ……?
「……今度、神殿に行ってみてもいい? そこになら、ステラの肖像画がある?」
「歓迎いたしますわ。そして、肖像画はあります。きっと、驚くと思いますよ」
驚く? と首を傾げると、リリィは目元を細めて力なく微笑んだ。
「さ、それで……刺繍でしたね。どのようなものを想像していましたか?」
「あ、うん。こういうのを作りたいのだけど――」
☆☆☆
リリィは刺繍を一通り教えてくれた。一針一針心を込めて縫えばきっと良い刺繍が出来ますわ、とのことだ。たまに刺繍の様子を見に来てくれることになった。良かった。
彼女に見てもらえるのなら、ルーカス陛下の誕生日に間に合うだろう。
それにしても、今日も情報量が多かった。自分の部屋で心と頭を整理しよう。
神殿に戻るリリィを見送って、わたしは自室に戻り椅子に座った。紙とペンを取り出して、さらさらと文字を書く。殴り書きのようになってしまったが仕方ない。
……あ、ステラの母はどんな人だったのか聞くの忘れた。まぁ、これからも会うだろうから、大丈夫。その時に聞こう。
人間関係が中々にややこしい感じになって来たわね……。神力を失いたくない……のかな? よくわからない。重要視されているのは、ステラが国母だということ?
……それに、お母さまを溺愛していたっていっていた。末っ子だから? それとも、他に理由があるんだろうか。……十年の間になにがあったんだろう。過去に飛ぶことも出来ないから、知る由はないかもしれないけど……。
いや、うん。そうよ、過去は過去。あまり気にしすぎても仕方ない。
ただ……そうね、なぜウィルモット家がダラム王国の近くに旅行に行こうとしたのか、そして、ダラム王国の人たちがなぜそれを知っていたのか、そこは気になる。……誰かが、ステラかお母さまを邪魔に思った可能性が高い、気がする。なんだか、記憶を取り戻したら戻したで気になることがありすぎるわ……。紐解いていっていいものなのかな、これは。王家のことって
そうなると、誰かを……ここの屋敷の人たちを巻き込む可能性がある? ……巻き込みたくはないなぁ。これはわたしが向かい合わなきゃいけないことだと思うし、そのために、神はわたしをここに連れてきたのではないかな?
……わたしに力を与えてくれるのは……そのため?
もう少し、後で考えてみよう。……相談するなら……やっぱりバーナード一択かな、この場合。ディーンには自分の正体を知って欲しくないもの。いきなり作られた人間だと伝えられても困惑するだろうし、ね。
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