第96話

 まぁ、それは置いといて、明日はスーザンにどんなことを聞きたいのか、最初に決めておいたほうが良いかも。刺繍で疲れた目を癒すようにこめかみのあたりを揉んで、ゆっくりと深呼吸。


「じゃあ、ディーン。明日の準備よろしく。わたし、聞きたいことをまとめるわ」

「わかった。夕食はちゃんと食べに来るんだよ」

「はーい」


 食べ終わった食器が乗ったトレイを持って、ディーンはわたしの部屋から出て行った。わたしは刺繍道具を片付けて代わりにペンと紙を取り出す。さて、まずなにから聞こうかな。お母さまの侍女だったスーザンのことも、うっすら記憶に残っている。……というか、鮮血の記憶が鮮明過ぎて他の記憶がおぼろげだ。……聞きたいこと……。

 まずはお母さまたちが住んでいた街について、かな。そこでどんな暮らしをしていたのか。

 そして、お母さまとステラの関係。

 さらになぜダラム王国との国境近くに行くことになったのか。そこを選んだ理由についても知りたい。……うーん、知りたいことが多いわね……!

 まずはこのくらいかな。……わたしの記憶が戻ったこと、スーザンにも伝えたほうが良いのかな……。……あ、そうだ。どうしてスーザンがノースモア公爵家のメイド長をしているのかも気になるわ……。

 紙に書き足しておいた。時間はたっぷりあるからしっかりといろいろな話がしたい。スーザンが乗り気じゃなかったら考え直すけど……。


「ま、こればかりは話してみないとわからないよね」


 紙を丁寧に折りたたんで、机の引き出しに入れた。マドレーヌを食べたとはいえ、お腹が空いたので夕食を食べに食堂へと向かった。


☆☆☆


 そして翌日、スーザンがこの屋敷にやってきた。スーザンを迎え入れるつもりだったけど、先に応接間に居るように、と伝えられたので応接間で待つことになった。応接間にはバーナードが護衛として立っている。泣いた後に会うのはなんだかこう、照れくさい気がした。

 ノースモア公爵家のメイド長だから、ディーンが迎えに行っている。その間、わたしとバーナードは一言も話さずにただただ沈黙していた。無音が広がりなんだか居心地が悪い気がする。……ディーンのことにも触れていたから、ここで話すわけにもいかないし……。……うう。

 そんなことを考えていたら、扉がノックされた。


「どうぞ!」


 待ち望んでいた静寂を破る音。少しほっとして声を出した。扉が開き、スーザンが入って来た。わたしに向けてカーテシーをすると、ツカツカとハイヒールの音を響かせてこっちに来た。


「本日はお招きありがとうございます――……」

「あ、あのっ、来てくれてありがとう!」


 彼女の言葉とほぼ同時だった。言葉が重なり、わたしとスーザンは目をパチパチと瞬かせ、それからスーザンが困ったように眉を下げた。ただ、口元は緩んでいるから、そんなに困っている感じでもない。


「とりあえず、座って? それでね、いろいろ教えて欲しいの」

「……はい。アクアさま」

「……あなたにその名で呼ばれるのは不思議な感じだわ……」


 え? とスーザンが首を傾げるのと同時に、扉の前に立っていたディーンがメイドからトレイを受け取り、スーザンとわたしにお茶とお茶菓子を渡してくれた。


「ディーン、バーナード、一緒に食べよ」


 ふたりを誘うと「良いの?」とばかりに視線で問われたので、首を縦に動かした。

 わたしの隣にバーナード、スーザンの隣にディーンが座る。


、って言っていいのかわからないなぁ……」

「久しぶりもなにも、この前お会いしたばかりでしょう?」


 怪訝そうに表情をしかめるスーザンに、そうだけど、そうじゃないとよくわからない言葉を掛けた。察しが良いのか、それだけなにかを悟ったようだ。


「……さま?」

「……うん、やっぱりあなたにはそっちの名で呼ばれる方がしっくりくるわ」


 驚愕の表情を浮かべるスーザンに、わたしはポリポリと頬を人差し指で掻いた。幼い頃にそう呼ばれていたからか、スーザンに呼ばれるのはそっちの名前のほうがしっくりと馴染む気がした。


「……本当、だったのですね……」

「え、なにが?」

「シャーリーさまのお子が戻ってきていると……。そして、それがアクアさまだという噂は」

「そんな噂が流れていたの?」


 肯定のためにうなずく彼女を見て、ちらりとバーナードたちに視線を向ける。彼らは微動だにしない。知ってたな、これは。てっきりルーカス陛下の知り合い的な立ち位置のだと思っていたけど、噂のほうはがっつり王家の血について触れているのね。


「……まぁ、そうなるか……」


 でも一体どこでその情報が漏れたんだろう。あの日、わたしの素性を知った人って結構限られているよね。……あ、あとこの屋敷に入ってきた時? 門番たちのことについてはなにも考えてなかったな、そういえば。

 あれを見て、わたしが王家との血の繋がりがあると……? 他にも見た人がいるかもしれないなぁ……。


「そもそもスーザンは、アクアが大聖女ステラに似ていることは気にしていなかったの?」


 そう問いかけたのはディーンだ。スーザンは一度お茶を飲み、カップから口を話すと「似ているとは思っていましたが……」と言葉を濁した。

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