第2話
「お世話になりました!」
儀式を中止して、荷造りをする。わたしの私物なんて少ないし、誕生日プレゼントに前神官長からもらった空間収納鞄に全部入った。誕生日といっても正確な日付ではなく、ただ単にわたしがこの神殿に来た日を名目上の誕生日にしているだけだ。だから正直にいえば自分の年齢は曖昧なのだ。別にそれでも不便ではないから構わないのだけど。
その後すぐに、神殿の転移魔法陣に向かう。騒動を知った神官たちや司祭たちが待っていて、ちょっと驚いた。
怒りに任せてここまで歩いて来たけれど、やっぱり最後くらい挨拶したほうがいいよね。いやはや、少し冷静になって来たぞ。わたしはみんなを見渡して、頭を下げた。みんな、困惑しているのがわかる。頭を上げてそのまま転移の魔法陣に乗る。そして――……。
「あの、一応言っておきますけど、逃げたほうがいいですよ。儀式は失敗しましたから、結界はボロボロです」
「……そうかもしれませんね……。ですが、恐らくこれも神の思し召し。我々はこの国と命運を共にします」
「……そんなに、この国が好きなんですか……?」
「神の御心に従うまでです」
さようなら、アクアさま。
神官たちや司祭たちにそう言われて、わたしはみんなに向けてもう一度頭を下げた。この神殿で十年ほどお世話になったのだ。色んなことがあったけれど、神殿のみんなはわたしのことを大切に育ててくれた。こんな風にお別れするとは思わなかったなぁ。
「……さようなら、みなさん。どうか、お元気で」
顔を上げて、精一杯の笑顔を浮かべて、わたしはみんなを見た。神官長がわたしを見て、にこり、と微笑んだ。……まさか、最後にこの人の笑顔を見るとは……。わたし、本当に国外に行くんだな、と胸が痛んだ。神官長の合図で、神官たちが転移の魔法陣を起動させる。中心に向かい振り返る。この転移の魔法陣は、国境に向かうものだ。
――この国から出て行くのはちょっと寂しいけれど、あれだけわたしを貶して来たオーレリアン殿下の居る国には絶対に居たくないので、自分が稼いで買ったものだけを持ってこの国からさよならしよう。
ぱぁっと、魔法陣が光る。転移が始まった。どこに行くのだろう。目を閉じて、転移の瞬間を待つ。……、ジジっとなにかイヤな音が鳴って、転移を始めた途端にわたしは意識を失った――……。
☆☆☆
……ここは一体……どこかしら……?
目を覚まして、最初に思ったのはそれだった。見渡す限り木、木、木……。どうやら森の中のようだけど……。そして思わずむせ返りそうになった。あまりにも、瘴気が強い。
「――我が身を穢れから守れ」
自身の身体に薄いバリアを張る。良かった、荷物は一緒だわ。わたしが持つすべての財産。大切にしないと! ……とりあえず、こんなところで寝転んでいる場合じゃない。起き上がらなくちゃ。
起き上がって自分の身体を確認する。うん、幸い怪我もしていなかった。パンパンと服についた草を払い、目を閉じて耳を澄ませる。――近くに川がありそう。せせらぎが聞こえた。よし、まずはそこに向かおう!
鞄を手にして、わたしは川辺に向けて歩き出した。思っていたよりも近くに川辺があったけれど、その川辺を見てわたしは絶句した。
「な、なによこれぇっ! めっちゃ濁ってる! 森の中の川なのに!」
そして思わず叫んだ。だってこんなに、濁っている水なんて滅多に見ないよ!? どうなってんの、この森! 瘴気が強すぎるって!
「……だ、れか……、い、る、のか……?」
「ひぃぃぃぃ! おばけ!?」
どこからか声が聞こえてきた。掠れていて聞き取りづらい……。聖女といわれていても、おばけは苦手なのよ、わたしはっ!
「い、きてる……、た、す、けて……く、れ……」
……あ、生きているみたい……? ホッとして胸を撫でおろしてから、きょろきょろと辺りを見渡す。わたしの声が聞こえたってことは、近くに居るってことよね。よーく目を凝らして確認していると、木に凭れて座っている人を発見! 全速力でその人の元まで向かい、症状を診た。
「! 酷い傷……!」
「すま、ない……、か、ばんの……、なかに……」
「喋らないで! 今すぐに治してあげるから!」
鞄の中にってことはポーションを持っているってことよね。でも、ポーションではこれだけの傷は癒せないだろう。わたしはぎゅっと胸元で手を組んで目を閉じる。そして――……。
「――神よ、我が願いを叶え給え――」
そう呟いて、回復魔法を掛けた。……っ、やっぱりこの人、かなりの怪我だ! 魔物にやられたかのかもしれない。――絶対助ける。わたしの前で、誰も死なせるもんか!
意識を集中して、目の前の人を助けることに全力を注ぐ。――一瞬だったかもしれないし、もっと掛かったかもしれない。正確な時間はわからないけど、回復魔法はきちんとこの人の身体を癒してくれたみたい。……良かった。顔色も良くなっているし……。後は、血みどろの顔や服をなんとかしないといけないわよね……。
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