第78話

 夕食を食べて、ルーカス陛下に「おやすみなさい」と挨拶をしてから食堂を去った。すっかり話し込んでしまったから、外は真っ暗だ。


「屋敷についたら、ちょっと付き合ってくれない?」


 わたしがディーンとバーナードにそう声を掛けると、彼らは顔を見合わせて「構わないけれど……」と返事をくれた。


「じゃあ、着替えたら呼ぶから、お茶の用意お願いしても良い?」

「さっきたらふく飲んでただろ……」

「いいのっ。あ、水筒があればそれに入れてね」

「うん、わかった」


 来た時と同じように馬車で屋敷に戻り、自室に戻るとセシリーたちに手伝ってもらってドレスを脱いだりメイクを落したり、髪型もまとめていたのを下ろしてもらう。そこからさらにスキンケアが始まった。こういうのは即効でやらないといけないらしい。

 この屋敷に住んでから、肌も髪もつるつるのつやつやになっている気がする。女性としては嬉しいけど、これも贅沢なんだろうなぁと思うとつい肩をすくめちゃう。

 聖職者のローブに袖を通すと、セシリーが「どこかにお出かけですか?」と聞いて来た。わたしは笑みを浮かべて「ちょっと上に」と、天井を指差した。

 不思議そうにわたしを見るセシリーに、「セシリーたちは休んでね。ありがとう、助かった!」とお礼をいってから部屋を出た。

 快晴だったから、綺麗に見えるかなぁと思ったのよ。


「アクア、今、呼びに行こうとしていたんだ」


 廊下を歩いているとディーンが声を掛けてきた。ナイスタイミングだったみたいね!

 バーナードの姿がないことに気付いて、きょろきょろと周りを見渡すと、「お茶を用意しているよ」とディーンが教えてくれた。それから五分もしないうちにバーナードがお茶を持って来てくれた。


「これ用意して、どこに行くつもりだよ?」

「上」

「上?」


 わたしはこくりとうなずく。さすがに窓から出るわけにはいかないから、普通に玄関から外に出る。そして、浮遊魔法を使った。びっくりしたようなふたりの表情。


「星、一緒に見よう!」

「先に言え、それを!」

「唐突だなぁ……」


 眉を下げて微笑むディーンに、眉を吊り上げてちょっと怒るバーナード。ふたりの違いに少しだけ笑みを浮かべて、わたしは浮遊魔法をふたりに掛けて一緒に屋根へと飛んだ。


「……星を見るのになんで屋根の上なんだ?」

「星が近くにあるように見えていいじゃない」

「そういうもの……?」


 屋根について、ちゃんと着地したことを確認してから浮遊魔法を解く。屋根の上に座って空を見上げると、綺麗な星空が広がっていた。

 手を伸ばせば掴めそうなのに、全然掴めない。


「……なんで星見ようと思ったんだ?」

「今日すっごくいい天気だったから、星空綺麗そうだなぁと思って」


 ひとりで見てもいいけれど……、なんとなく友達と見るのもいいかなぁと。さすがにそこまでは口にしない。なんか照れくさいし。


「……確かに綺麗だね」

「でしょ、でしょ?」


 ただ、夜は冷えるんだ。ちょっと寒くなって身震いすると、バーナードがお茶を渡してくれた。そのお茶を飲んでほう、と息を吐く。星を見ながら温かいお茶を飲むって中々贅沢な気がする。


「前は星を見る前に寝ちゃっていたからさ、一度こんな風に見てみたかったの」

「夜明けとともに起きるから?」

「そうそう。夜に仕事を詰め込むよりは、朝やったほうがわたしには合っていたし」


 大量に押し付けられていた仕事のことを思い出して、眉を下げて微笑む。もうひと口お茶を飲むと、なんだか心が落ち着いた気がした。


「ところでこれなんのお茶?」

「夜だからハーブティー」

「へぇ……」


 気遣ってくれたのかとバーナードに視線を向けると、「星を見ろ、星を」といわれたので空を見上げる。やっぱりキラキラしていて綺麗。


「……こんな風に星を見上げるの、いつぶりかな……」


 ディーンの言葉が聞こえて、彼へと顔を向けると彼はじっと星を見上げていた。どうやら独り言のようだ。


「……懐かしいね、バーナード。小さい頃は、こんな風に星空眺めていたっけ」

「ああ、そうだな……」


 懐かしそうに目元を細めるディーンに対して、バーナードはなにか苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。小さい頃にふたりは星を眺めていたことがあるのね。

 ……でも、ディーンとバーナードの表情の差が気になるわぁ……。


「あの頃のオレらは……遊んでいたよな」

「だな。それでよく怒られた」

「そうなの?」


 ちょっと意外。ふたりがどんな風に遊んでいたのかちょっと興味が出て来たから聞いてみた。主に屋敷の探索だったらしい。貴族の子どもが行く場所ではないところに迷い込んでしまい、それで怒られた、と。


「……ちゃんと子どもだったのねぇ……」

「ちゃんとってなんだ、ちゃんとって……」

「だって、今のふたりは落ち着いているから、そんなやんちゃなことしなそうなんだもん!」


 クスクス笑いながらそういうと、バーナードはぐいーっとお茶を飲んだ。熱くないのだろうか。


「割とやんちゃだったよ、オレも、バーナードも」

「子どもの頃の話はいいだろ……」

「いや、考えてみればオレらだけアクアの小さい頃を覚えているのはフェアじゃない気が……」

「……? わたし、バーナードとも会ったことあるの?」

「ほら、覚えてないんだから」


 ディーンと小さい頃に会ったことがあるってことは教えてもらったけど、バーナードとも接点があったの? それはちょっと……いや、かなり意外だ。


「数回程度しか会ってないだろ、片手で足りる程度」

「それでも一緒に遊んだし……」

「……そうだったんだ……」


 小さい頃のディーンとバーナードってどんな感じだったんだろうなぁ。きっと可愛かったんじゃないかなと考えて、またちりっと頭が痛くなった。

 わたしが過去のことを思い出そうとすれば、なぜか痛くなるのよね……。

 それを感じ取ったのか、ディーンとバーナードが心配そうにわたしを見た。


「平気」

「……本当に? でも、冷えて来たから、今日はこれでおしまいにしようね」

「はぁい」


 ふたりに浮遊魔法を掛けて、わたしも浮遊魔法で玄関まで戻った。少しの間だけだったけど、星空も見られて満足したしね。


「おやすみ」

「ゆっくり休んで」

「温かくして寝るんだぞ」


 バーナードがまるで保護者のようなことをいうから、ちょっと笑ってしまった。

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