第26話

 とりあえず、待たせるわけにもいかないので慌てて陛下を招き入れる。ディーンとバーナードを見て、陛下はすっと廊下へと視線を向ける。ふたりはそれだけで、陛下の考えがわかったようで頭を下げて部屋から出て行った。

 え、わ、わたしひとりで陛下とお話しするの……!? ちょっと待ってよ、と伸ばした手は届かなかった。パタン、と扉の閉まる音がして、どうしようと陛下へ視線を向けると、陛下は「座って良いか?」と聞いて来たのでこくりとうなずいた。


「あの、どうしたんですか、こんな時間に……」


 暗くなっているということは、陛下の仕事は終わったのだろうか。この国での陛下の仕事ってどんなものなのか知らないけど……。わたしに会いに来るくらいだから、それなりに片付いたのだろう。……多分。……それにしても、動きが優雅だ。ただ座るだけでこんなにも優雅になるものなの……? と思わず凝視してしまった。


「……どうした? 私の顔になにかついているか?」

「あ、いいえ。すみません」


 こうしてみると本当に美形ね……と思ったんだけど、陛下の髪の色ってわたしの髪の色と似てる。目の色は違うけど……こういうところで、血の繋がりを感じるとは……。……なんだか不思議な気分。


「……アクア、良かったら、君のことを教えてくれないか」

「……わ、わたしのこと、ですか?」


 陛下は小さくうなずいた。わたしのことを……? 首を傾げて自分のことを指すと「そうだ」と言葉を掛けてから、


「君がダラム王国で、なにを教わり、なにを感じ、過ごして来たのかを。……私の宰相が、アクアの意志を尊重するというのなら、聞いておいたほうが良いと助言をしてくれてね」


 この国の宰相ってどんな人なのかしら? でも、そういうことなら……とわたしはダラム王国で暮らしていた時のことを……多少暈しながら話した。ディーンとバーナードの言っていたことを思い出したからだ。

 わたしが話し終えると、陛下は長々しくため息を吐き、腕を組んだ。


「……やはり私が行くべきだろう」

「え?」

「……その神官長とやらは、随分とアクアに親切にしてくれたようだからな。私が行って話をしてみよう。ダラム王国の王族は腐敗しているようだから、そこは切り捨てても構わないだろう?」


 いや、だろう? って聞かれても困るんですけど……。わたしが曖昧に言葉を濁していると、陛下はこう提案して来た。


「平民たちは助ける。だが、『ダラム王国』は帝国に下ってもらう。新たな領主を探さなければならんな」


 淡々と口にしているけれど、それはダラム王国にとって死を意味するのでは……?


「コボルトの集落があると言っていたな。ならば、ダラム王国そのものをコボルトに任せてみるか?」

「え、いや、それはちょっと……コボルトは森の中のほうが過ごしやすいでしょうし……」

「……ふむ。ダラム王国では確か、鉱石が採れたな。ならば、鉱石関係の仕事を探しているものたちを派遣させるか。……いや、その前に王城は壊しておかないといけないな。――王はいなくなるのだから」


 くつくつと喉を鳴らして笑う陛下を見て、わたしはなんて反応すれば良いのかわからなかった。だって、あまりにも愉快そうに笑うんだもの……。


「アクア。これは私の復讐でもある。君が気にすることではない」

「……陛下は、わたしの代わりに復讐をしようとしているのではない、と?」

「ああ。私が自身の手で完結させるためにすることだ」


 あくまで自分のためを主張する陛下に、わたしはなにも言えなかった。ダラム王国のしたことを考えると、まぁ確かに罰せられることをしたとは思っている。

 だからと言って、陛下が自ら引導を渡すことになるなんて、誰も思わないだろう。……陛下は自身の復讐と言っているけれど、わたしのためと言っても差し支えないハズだ。

 ……わたしが出来るのは、どんなことだろう?


「……ダラム王国の結界は、恐らく二~三週間で崩壊すると思います。……崩壊したら、魔物が攻め入ることでしょう。……そうなったら、最初の犠牲者は……」


 ダラム王国にも騎士団はあるけれど、あの国の騎士たちが平民のために戦うとは思えなかった。騎士も、貴族も、自分の身を守ることしか考えていないように見えたし……。……そうなれば、最初の犠牲者は冒険者や傭兵になるだろう。ダラム王国を守るために、騎士ではない人たちが戦い、平民たちは巻き込まれる。……そんなのは、おかしい。

 国を守ることを放棄した人たちが最後まで生き残り、国を守ろうとした人が、最初に死んでいく。……そんなのは、絶対におかしい。


「わかっている。その前になんとかしよう。……ああ、随分と長居してしまったな。ゆっくり休むといい」

「……は、はい……」

「おやすみ、アクア」

「おやすみなさい、陛下」


 くしゃりとわたしの頭を撫でてから、陛下は出て行った。……彼は本気で、ダラム王国の王族を滅ぼすつもりだと感じた。ぎゅっと胸元を掴む。……それほどまでに、彼はダラム王国のことを憎んでいるの……? 考えても埒が明かない。……今日はもう休もう。そして、頭をスッキリさせてからまた考えよう。そう思って、鞄からパジャマを取り出して着替え、ベッドで横になることにした。

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