第72話

 フィロメナ……あんなに細い腕なのにかなりの強さのようだ。それとも、あんな音を出すコツがあるのかな……? と思考が明後日のほうに向かっていくのを感じて、慌ててその考えを追い出すように頭を左右に振る。


「じゃあ西のほうには聖女や聖者もいないのかな?」

「いえ、居ると思いますよ。役割は違うでしょうが……」


 叩かれた背中が痛いのか、沈黙しているラシードに代わってフィロメナが答えた。

 役割の違う聖女や聖者……。ちょっと気になるなぁ。こっちとはどう違うんだろう。

 結界を張る国が少ないってことは、聖女や聖者もそんなにはいないと思う。たくさんいたところで、役割が被っちゃうもの。と、なると代表者がいるのかな、この国の聖女や聖者はこの人だって人が。

 ……そういえば、大聖女ステラはいつ結婚したんだろう? 結婚して子が出来れば、聖女ではないのよね……? その場合の神力しんりょくってどうなるんだろう……? 子どもに引き継がれるのかな。……でも、それにしては……。

 ちらりとディーンに視線を向けると、首を傾げられた。……ええと、ノースモア公爵夫人が多分、唯一生き残った大聖女ステラの娘よね。


「……あれ、そういえば、ディーンに兄弟っているの?」

「オレ?」

「うん。バーナードには妹がいたし、ディーンにもいるのかなって」

「兄がノースモア領地にいるよ」

「兄! へぇ!」


 いたんだ! って、ノースモア領地……? ノースモア公爵と侯爵夫人は帝都で暮らしているのよね。ってことは、ディーンのお兄さんがノースモア公爵の後継者なのかな。……あれ、ノースモア領地ってどこだ?


「ノースモア領地ってどこら辺?」

「えーっと、この辺」


 帝都からさほど遠くない。そしてぐるっと指で丸した範囲がひっろい!

 なにこの範囲……。これが公爵の治める範囲なの……!?


「うちは兄がノースモア公爵を継ぐから、オレが自由に出来ているの」

「あれ、じゃあバーナードは?」


 バーナードが長男だとしたら、その家を継ぐのはバーナードよね。それなら、わたしの護衛なんてしている暇はないんじゃ……? と思って彼を見ると、バーナードはフィロメナと視線を交わして、ガシガシと頭を掻いた。それを見たフィロメナが眉を下げて微笑む。


「うちの家系は女系なんです」

「……へ?」

「長女が家を継ぎます」

「……え、バーナード、お姉さんいたの!?」

「……今、領地で勉強中の姉がな。ちなみに二個年上、二十歳」


 ルーカス陛下と同い年じゃん! あ、でもルーカス陛下はそろそろ誕生日を迎えるから……一年は違うのかな。それにしても……二十歳の姉、十八歳のバーナード、十六歳のフィロメナ……。


「待って、もしかしてそのお姉さんも結婚しているの!?」

「婚約者はいるけど、結婚はまだ」

「……こ、婚約者……」


 全然想像のつかない話だわ……! 聖女をしていた頃に婚約者がどうのこうのって話、聞いたことないもの。……うん? ディーンもバーナードも貴族の子なんだし、婚約者いるのでは……? そして、仕事だとしてもわたし女性と一緒にいるのって、婚約者としては面白くないのでは……?


「どうしたの、アクア。変な顔をして」

「いや、わたしふたりの婚約者知らないなと思って……」

「はぁっ!?」


 あまりにも大きくバーナードが反応した。こっちがびっくりするくらいに。フィロメナはそれを見て、くすくすと笑う。


「大丈夫ですよ、アクアさま。お兄さまもディーンさまも、婚約者はおりません」

「……えっ? えっと、貴族なのに?」


 貴族の結婚は義務だと聞いている。家と家の繋がりを強固にしたり、いろいろ理由があったと思うんだけど……。いないの? と首を傾げると、ディーンもバーナードも複雑そうな表情を浮かべた。


「いろいろあるんだよ、こっちも……」

「オレらに婚約者がいないって、話してなかったっけ……?」

「うん。いや、わたしも聞かなかったし……。あ、元魔物討伐隊の人たちは!?」

「あ、それは大丈夫。あの中で結婚していないのオレらだけだから」

「……マジ?」

「マジ」


 全員既婚者だったのか……! そんな人たちが住み込みで暮らしていて大丈夫なのだろうか……。そんな不安を感じ取ったのか、バーナードが肩をすくめた。


「むしろ危険が減って、給料が上がったことに喜んでいたらしいぞ」

「……そんなもんなの……?」

「うん。魔物と戦うほうが危険度高いしね」


 でもあんまり嬉しくはないんじゃないかなぁ……。


「……家族水入らずで過ごさせてあげたいなぁ……」


 家族と一緒にいられる時間って、きっと大切なものだから。


「いっそ全員の家族をアクアの屋敷に呼ぶ? 部屋余っているし」

「部屋は余りまくっているよね……」


 コボルトたちを入れても部屋が余っている。どれだけ広い屋敷なんだか……。いやもう城だよ、城。礼拝堂あるし。


「コボルトたちを受け入れてくれるなら……」

「それは聞いてみないとわからねぇけど……」


 だよね。……それにしても、ふたりとも婚約者がいないなんて意外だ。

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