第73話

「そのうちアクアにも婚約者が出来るかもね」

「……想像できないわぁ……」


 聖女をしていた頃は、神殿で暮らして終わると思っていたし、追放されてからはあれよあれよという間にいろんな出来事があって、そんなの考えている暇がなかった。今だってそうだ。慣れない生活に慣れるためにがんばっているから、そういうの考えたことがない。


「そもそも、わたしより先にルーカス陛下でしょ」

「それは言えてるね」

「だな」


 ルーカス陛下の誕生日には、多分とっても綺麗な人とか可愛い人が挨拶に来るんだろうな。その人たちの中から選ぶのかもしれないね。……なんというか、国を治める人の結婚って大変そうだ……。


「ルーカス陛下って浮いた話ないの?」

「聞いたことない」

「この国もいろいろあったしな……」


 アルストル帝国、ごたごたしていたってこと……あ~、ルーカス陛下が玉座についてから五年……いや六年になるのか、そりゃあ体制を整えるために忙しくて、自分のことは後回しになっちゃうか……。

 あと陛下の婚約者となれば公爵家や侯爵家、隣国や遠い国の王族とか……? うわ、想像するだけで大変そう。


「貴族って大変なんだなぁ……」

「平民の暮らしも大変だよ」

「そりゃそうだ。どっちの暮らしも良さと悪さがあるものよね」


 わたしが肩をすくめてみせると、みんなこくこくとうなずいた。ところで神殿での暮らしは貴族と平民、どっちのほうが近いのだろうか……。そんなことをぼんやり思いながら、すっかり冷えてしまったお茶を飲んだ。冷めても美味しいって素晴らしいね。

 クッキーを口に含んでサクサク食べると、ようやく復活したラシードがこほんと小さく咳払いをしてから話を元に戻した。


「ええと、その、すみません。魔物たちの話になるとつい……。……そういえば、魔物にも婚約者とかいるのでしょうか、気になりますね……」


 いや、全然元に戻ってなかった。この人、気になるととことん追求していく人なのかしら……? それを見て慈しむような目線を向けるフィロメナ。……なるほど、きっとこういうところが好きなのね。

 なんだかむず痒くなるような、見ちゃいけないものを見てしまったような、そんな気持ちになった。


「んふふ……」

「怖いわ、その笑い……」

「だって、なんか素敵なんだもーん」


 貴族の結婚は義務だから、結婚してから愛が芽生えるのかな? それもそれで素敵だとは思うけれど、家のためにお嫁に行ったりお婿に行ったりするのは大変だと思う。平民たちは好きな人と結婚するのが普通だよね。

 物語的には捕らえられた姫と、助けた騎士。うーん、いろんな恋の物語も読んでみたいなぁ。今度家庭教師に聞いてみようかな、お勧めの本!


「すっかり長居しちゃったね、お茶とクッキーありがとう! ココ、帰るよ~」

「ココ、アクアと一緒に帰る!」


 わたしの声を聞いて、ココがコボルトたちに手を振ってから駆け寄って来た。尻尾がブンブン振られているのがほんっとうに可愛いのよ。わたしが両腕を広げるとココが飛び込んできた。ああ、癒し……。


「それじゃあ、ふたりともまたね!」

「はい、またいらしてください」

「魔物の話もいつでもどうぞ!」


 ……むしろラシードはそっちがメインのほうが嬉しいのでは? と思いつつ、軽く手を振ってわたしたちは屋敷へと帰った。馬車で移動しないといけないのはちょっと不便だから、ここにも転移石使えたらいいのに……。

 そう思ってディーンたちにいうと、彼らはとっても複雑そうな顔をした。一応決まりがあるらしい。……好きな場所に設定できるわけではないのかな。拠点があって、それを目印にしているとか? うーん。……どうなんだろう。

 馬車から流れる風景を眺めながらわたしはココの頭を撫でた。くぅくぅと寝息を立てて安心しきった顔で眠っているココ。それを見守るわたしたち。心なしかディーンとバーナードも和んだ顔をしているような気がする。


「……コボルトたちはさ、器用だよね」

「……そうね、この手で楽器弾けるんだもんね……」

「他のことも器用にやってるぜ。家事や戦闘訓練も」


 ……確かに器用だ。家事をしている姿や戦闘訓練している姿を思い出して、うんうんと肯定のうなずきを返した。耳をぴくぴく動かすコボルトたちも可愛いのよね……。尻尾をブンブン振るコボルトたちも、他の人たちの癒しになっているし。

 ゆっくりとココの頭を撫でると、ココが甘えるように頭を押し付けて来た。ああ、可愛い。このままずっと撫でていたい! ココやコボルトたち撫でているとなんかこう、ふにゃりとした表情になっちゃうのよね。

 ……はっ、コボルトのララがルーカス陛下の傍にいるのは、ルーカス陛下も癒されたかったから……? ……な、わけないか。あの人、本当に忙しそうだもんなぁ。

 あれ……、手紙の鳥だ。魔法で書かれているやつ。それがすいっと馬車の中に入って、わたしの元に届いた。……毎度思うんだけど、この鳥の登場って結構ドキッとするわ!

 だって貫通してくるんだもん……。昔聞いたおばけの話を思い出すから……。

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