第71話

 困惑するわたしに、ディーンとバーナードは顔を見合わせて肩をすくめた。


「その手袋は上流階級の証だぞ?」

「そうそう。だからアクアはオレたちに任せてくれたらいいの」


 ……確かに手袋ももらった。なんかすっごく手触りの良いやつ。それを身に着けている時は働いちゃダメってセシリーにいわれた。じっと自分の手を見つめる。純白の手袋を見つめていると、ぽんとディーンに肩を叩かれた。


「メイドたちは家事をするから手袋はしていないって話、聞いたことない?」

「えーと、家庭教師から聞いたような……?」


 わたしも神殿にいた頃とノースモア公爵家でメイドとして働いていた頃は、手袋しなかったもんね。正式にあの屋敷で暮らすことになってから、ルーカス陛下にいただいたものだ。貰ってばっかりなんだよなぁ……。


「コボルト音楽隊のところに戻る?」

「ん、そうする。屋敷で刺繍の練習するわ」

「きっとお喜びになるよ」


 だと、いいんだけど……。わたしがこくりとうなずき歩き出すと、ふたりも歩き出した。フィロメナとラシードのところに戻ると、彼女たちは「どうぞ中にお入りください」と声を掛けてきた。ココはコボルトたちとお喋りしているようだし、もう少し居させてあげたい。わたしはその誘いに乗ることにした。

 紅茶とクッキーが用意されて、わたしたちは和やかな雰囲気でお茶を楽しんだ。サクサクのクッキーも美味しかったし、紅茶もふんわりと果実の香りがして美味しかった。フレーバーティーというらしい。


「……ラシードは、どうして魔物のことを調べているの?」


 気になって尋ねてみると、彼はきらりと目を輝かせながら語ってくれた。あまりにも長いから、途中から覚えていない。……要するに、自分たちとは違う感性を持っているものを観察したかった、ようだ。そこで、ふと……、さっきディーンたちと話していた内容を思い出して聞いてみる。


「魔王っていると思う?」

「西のほうにはいそうですね」

「西?」


 こくりとうなずくラシード。彼は「少々お待ちください」と席を立ち、別室へ向かったかと思うとすぐに戻って来た。丸まった紙を持って、テーブルの上に広げる。地図のようだ。


「これは?」

「世界地図です。これは魔物の生息を調べていた時に気付いたのですが……、東西南北のうち西だけが魔物の行進がないのです」

「……それって、すごいこと、なの?」

「すごいもなにも! 魔物の行進がないということは人間たちの文化も破壊されていないということで! 西の国は数千年の歴史的芸術品が多くてですね!」


 目をキラキラと輝かせながらそういうラシードに、フィロメナがべしっと背中を叩いて「うふふふ」と笑う。……どうやらラシードの興奮を抑えたようだ。ラシードはこほんと咳払いをしてから説明を始めた。


「魔王がいる地方は、魔物の理性が強いといわれています。魔王という存在自体が魔物に理性を与えているのかもしれません。それに、西のほうでは魔王と人間が協定を結んでいるという話もあります」

「魔王と人間が協定を?」

「はい。自分たちの領域を侵さずにいれば、どちらもなにもしない、という感じの協定っぽいです。詳しくは知らないのですが……」


 知りたいんだろうなぁ、うずうずしているように見える。ディーンとバーナードも意外そうに聞いていた。


「人間に友好的な魔王なのかしら?」

「いえ、どちらかといえば人間のことを簡単に滅ぼせるから、情けを掛けているのかと……」

「え、怖っ!」

「ちなみに我々が住んでいるここは東の領域ですが、魔物の行進の被害があるのはアルストル帝国ではなく、端の領地です。ここら辺ですね」

「アルストル帝国は西に近いってことなのかな?」

「恐らく。西のほうでは国を守る結界も少ないと、研究仲間から聞いたことがあります」


 ……魔王が魔物たちを統治しているから、魔物の行進がないのかな? 魔王と人間が手と手を取り合えたら、ものすっごく平和な関係になれそうだ……。でも、人間を簡単に滅ぼせるから多めに見ていると考えるとぞわっと背筋が粟立っちゃうわね……。


「そういえば、フィロメナたちの一族は西の国からの移住者だったよね。もう何代も前のことになるようだけど……」

「え、そうだったの?」

「……そういえば昔そんな話を……」

「聞いていたような、いないような……」


 バーナードとフィロメナはじっと互いの顔を見つめて首を傾げた。その表情があまりにもそっくりでちょっと笑っちゃった。なんかこう、微笑ましい気がして。兄妹なんだなぁって思う。フィロメナのほうがめっちゃ可愛いけどね!


「……それにしても、東西南北で世界を四つに分けちゃったら、かなりの広さよね……。それを魔王ひとりで統治するって大変そう……」

「そこ! そこですよ、アクアさま!」


 ぐわっとラシードが食いついて来た。びっくりして目を丸くすると、ラシードは拳を強く握る。


「魔王といえば魔物の王! 魔物の王だからこそ、その地方の魔物を統べることができ、その力はかなり強いと伝えられています! 魔王の年齢がどのくらいかわかりませんが、人間よりも長寿であることは確かでしょう! ですので――……!」

「はいはい、あなた。落ち着いて?」


 バシッと痛そうな音が部屋に響いた。フィロメナがラシードの背中を叩いたみたい。

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