第70話

「ふたりはなにか買わないの?」

「なにかって言われても……」

「あー、ノートくらいしか思い浮かばねぇな……」

「ノート?」

「ああ、お前は知らなかったのか」


 ディーンは意外そうに目を瞬かせ、それから「言わなかったっけ?」と首を傾げた。それを聞いていたバーナードが、「俺らが勝手にやり始めたことだし」とディーンに話していた。一体ノートになにが書かれていたんだろう……?


「コボルトたちに人間の文字を教えている」

「そっち!?」

「オレらもコボルトの使う文字を教えてもらっているよ」

「え、いいなぁ! わたしも参加したい!」

「アクアは週一で別のことに集中しないといけないでしょ?」

「うう……」


 確かにそうなんだけど……。良いなぁ、コボルトの文字……!


「結構難しいよな」

「だね。人間の使う文字と全然違うから」


 うわぁ、気になる。そして気になることがもうひとつ。


「あれ、文字は違うのに言葉は同じなの?」


 片言っぽい喋り方だけど……、意味は確かに通じるし、意思疎通に全く問題がない。ララや長老は流暢な話し方だし……。文字が違えば言葉自体も違うと思うんだけど……?


「どうやら行商コボルトが人間の言葉を教えていたみたい」

「へぇ!」


 ……ディーンたちはコボルトと一緒に過ごすことが多いみたいだし、そういう話もしていたのかな? うちにいるコボルトたちは戦士が主だから、元魔物討伐隊の人たちと一緒に訓練しているみたい。屋敷のことはセシリーが仕切ってくれている。


「コボルトたちは人間にも魔物にも隠れるように暮らしていたっぽいしな……」

「そんな中、好奇心の強いコボルトが行商コボルトになったみたいだよ」

「コボルトたちの歴史も気になるわね……!」


 きっと人間の歩んできた歴史とは全く違う歴史なんだろうなぁ……。そして、ふと思った。魔物を統べる者っているのかなって。勇者と魔王……。魔物の王が魔王なのだとして、魔物っていろんな国にいるから統べるの大変そうね。それとも人間みたいにそれぞれの国で魔王が違ったりするのかな。うーん……?


「……確かに、今まで考えたことなかったな……」


 倒すことしか、とバーナードが小さく呟く。……そりゃそうだろう、だって魔物討伐隊だったんだもの。


「それなら、今からでも知っていけばいいじゃない。異文化コミュニケーション?」

「……アクアは、魔物と仲良くなりたいの?」

「……わたし、一応聖女だったんだけど?」


 聖女の役目は魔物から国を守るために結界を張ったり、人間を守るために魔物を浄化したり、人の悪意が溜まり瘴気になった場所を浄化したり……。とりあえず浄化と結界がきちんとできていれば、国民たちは平和に暮らせる。水も綺麗だし、作物も育つし。


「ああ、でももう聖女ではないのだし……。今度ラシードに聞いてみようかしら」


 魔物のことを調べている彼なら、いろいろ教えてくれそうだしね!


「……あいつが話し出すと一週間は続くぞ」

「えっ……」

「ああ、あったね、そんなこと……」


 遠い目をするディーンとバーナードに、わたしはぎょっとした。そんなに話の長い人だったのか、と驚いたのと一体なんの魔物を聞きに行ったのかという好奇心。……でも一週間も同じ内容が続くのはちょっと……。


「ゴブリンだっけ?」

「そうそう。とにかく種類が多いヤツ」


 ゴブリンってそんなに種類が多いの? と聞いていいものかどうか。とりあえず、ハンカチも探してみようかなと店内を歩く。わー、可愛いハンカチがいっぱいある! 良いなぁ、選び放題じゃん。

 ……そうか、普通はこうやって選ぶのか……。渡されたハンカチを思い出して小さく肩をすくめた。そしてお目当ての白いハンカチも見つけたので練習用も含めて数枚買おう。わたしが花瓶と白いハンカチを買うと、店員たちがちらちらとわたしたちに視線を向けているのがわかった。ディーンもバーナードも格好良いから気になっているんだろう。で、その間に挟まっているわたしとどういう関係なのか考えているのかも。


「……本当に真っ白いハンカチで良かったの?」

「うん、練習用だし。……ノートは買わなくていいの?」

「んー、もうちょっとシンプルなの探したい」

「そっか」


 確かに可愛い感じのノートが多かったもんね。花瓶とハンカチの入った袋を受け取ろうとすると、先にディーンの手が伸びて買った物を受け取った。


「ありがとうございました……」


 ぽっと女性店員の頬が赤くなる。普通の女性ってやっぱり格好良い人にこうなるよね、うん。可愛らしくていいなぁと思う。ちょっとほのぼのしながら彼女たちを見ていたら、怪訝そうな顔をされたので慌てて雑貨店から出た。

 完璧に変な人だったね、わたし……。


「あ、そういえばディーン、わたしが持つよ!」

「だめ。こういうのもオレらの仕事だよ、アクア」

「ええ、そういうものなの……?」


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