第77話

「ルーカス陛下は味方が欲しい?」

「それもあるが……」


 じっとわたしを見つめる。首を傾げると、ふっと目元を細めて微笑んだ。慈愛に満ちた表情を見て、ちょっとドキッとする。いやまぁ、ルーカス陛下もイケメンだからね、見つめられたら誰でもドキッとするだろう。


「アクアにはもう、危険な思いをさせたくない」

「……へ?」


 その言葉を聞いて、目をぱちぱちと瞬かせる。危険な思い? なんかあったっけ? と考えてみるけれどさっぱりわからなかった。ルーカス陛下とディーン、バーナードは顔を見合わせて、ゆっくりと息を吐く。


「それだけ大切だということだ」

「あ、ありがとうございます……?」


 疑問系になってしまった。


「そういえば、ララはうまくやっていますか?」


 話題をすり替えるようにディーンが尋ねた。ルーカス陛下はディーンに顔を向けて小さくうなずいた。それから、王城でのララの様子を話してくれた。

 とても落ち着いていて、他の人たちとも普通に話しているらしい。それなりに好奇な目はあるけど、ララと話した人はその賢さに感心するらしい。

 元魔物討伐隊の人たちがローテーションでララの護衛についているし、人間の言葉で意味が曖昧なものは彼らがフォローしているそうだ。仲が良くてなにより!


「ララの知識は中々興味深い」

「興味深い?」

「コボルトの歴史とかな。他の魔物との交流はないらしい。行商コボルトを除いて」

「行商コボルト、なにもの……」

「……魔物にも敵意がないものもいるんだろうなぁ……」


 人間を見て襲い掛かって来る魔物もいるし、逃げていく魔物もいる。言葉が通じる魔物は、コボルトの他にもいるのかな。いるのだとしたら、ちょっと話してみたい。……ゴースト系は除いて。


「敵意がない魔物は逃げているのかもしれないな」

「魔物にも理性ってあるのかな。あるのなら、人間を襲って来るのは理性がなくなっちゃったとか……?」


 魔王が存在しないこの場所なら、魔物の理性も失いやすいのかも……?


「……色々興味深い話ではあるな。それよりも、ディーン、バーナード。最近のアクアはどう過ごしていた?」

「え、それわたしに聞く内容じゃない!?」

「当たり障りのない内容しか話さないだろう」


 そりゃそうだ。赤裸々に語ることでもないし……。ディーンはちょっとだけ眉を下げて悩んでいたけど、バーナードはスーザンのことを話した。ぴくりとルーカス陛下の眉が動くのを見て、まずいことだったのかな、と思った。


「――記憶を取り戻したいか?」


 そう尋ねられて、わたしは迷った。はいかいいえで答えるのも難しい。


「……最近、ちょっと頭が痛くなるの」


 一斉にこっちを見ないで欲しい。心配されるだろうから口に出したことはなかった。痛くなるのは本当に一瞬だし、すぐに痛みは去っていくから。特に気にすることではないのかなって。――ただ、痛む時に小さい頃の記憶がよみがえっている気がする。


「……平気なのか?」

「一気に思い出しているわけじゃないから……。ただ、自分でもよくわからないの」

「……そうだろうな……」


 心配そうにわたしを見つめるルーカス陛下に、わたしは肩をすくめてみせた。……こんな風に心配してくれるのだから、本当に優しい人だ。


「それに痛いのも一瞬だし。……どうしたの、ふたりとも、変な顔をして」

「そういうの、全然聞いていなかったから……」

「体調不良の時は口にしてくれ、頼むから……」

「だって本当に一瞬なんだもん……」


 いうまでもないと思ったのよ……。

 そもそも一瞬だけ痛むのもランダムだし、過去のことが思い出せるのはそんなにないし……。本当に一瞬、わたしに対して手を伸ばす誰かの姿を見たような……?

 わたしの手が小さかったから、子どもの頃だと思う。あれは一体なんだったんだろうなぁ……。


「……医者を呼ぶか?」

「平気!」

「きっぱり言い切って大丈夫?」

「うん」


 もしも記憶がよみがえったら受け入れようとは思うようになったしね。そうじゃないと、みんなに悪い気がして……。いや、もしかしたらわたし自身が望んでいるのかな。両親のことを思い出したいって――……。

 生活に慣れてきている証拠なのかもしれない、他のことを気にする余裕が出て来たってこと。


「なんの拍子で思い出すかわからないし」

「思い出したら教えてくれ」

「それはもちろん」


 きっと兄妹のように仲が良かったであろうルーカス陛下。思い出したら、ちゃんと報告するつもりだ。記憶が戻ったところで『アクア・ルックス』として生きてきた時間のほうが長いから、わたしはわたしのままだろう。……と、考えることにしている。失った記憶を取り戻した後のことは、その時の自分に任せるさ。

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