第5話

「さて、これからどうするの、アクア?」

「……お金を稼いで、身分証をゲット?」

「……え、なに、無一文の女を拾ったんですか?」

「仕方ないでしょ。いきなり追い出されたんだから! わたしみたいなか弱い女の子を助けるのが、騎士ってもんでしょーが!」

「……じゃあ、うちで働く?」


 そう尋ねてきたディーンに、わたしは飛びついた。職をゲットできるのはありがたい! ありがとうございます、神さまディーンさま! わたし、この国で自分の生き方を見つめ直します!

 わたしが職をゲットして拳を握りながら喜んでいる間に、バーナードは「いいんですか、そんなに簡単に決めて」とディーンに声を掛けていた。

 ディーンは「人手は多いほうがいいし……」とそんな会話をしていた。がんばって稼いで、身分証をゲットよ!


「それじゃあ、アクア。こっちに来て」

「はーい!」


 ディーンが歩き出すのを見て、わたしも歩き出す。バーナードもついて来た。……それにしても、本当に大きなお屋敷。もしかして、ディーンってかなり身分が高い人? そんなことを考えつつ周りをきょろきょろと見渡す。うーん、ちょーっと浄化が必要かな? 人数が多いところって、どうしても瘴気が多くなっちゃうもんね。……七人の聖女や聖者では、国の結界は維持できても街の瘴気を消すのは無理ってことかしら。

 ぴたりとディーンの足が止まった。どうやら玄関についたみたい。ディーンが玄関を開ける前に、扉が開いた。そして、そこから年配の男性が恭しく頭を下げてから、ディーンへと声を掛けた。


「お帰りなさいませ、ディーン坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめてくれ、アドルフ」

「ふふ。……おや、こちらの女性は?」


 仲いいんだなぁ。と思いながらふたりのやり取りを見ていると、アドルフさんが頭を上げて、ディーンの近くにいるわたしに気付くとそう言った。……紳士だ! わたしを見て、女性といってくれた! アドルフさん、あなたの言葉でわたしのあなたへの好感度は一気に上がったわ!


「屋敷で働きたいというので、連れてきた」

「さようでございますか。お嬢さん、お名前は?」

「アクアと申します!」

「元気な子でございますね。それではアクアさん、こちらへ」


 わ、本当に紳士だわ……! それにすっごく動きが綺麗。わたしはディーンを見上げた。視線に気付いたディーンが、わたしを見て小さくうなずき、ぽんと背中に手を置いて、「行っておいで」と背中を押してくれた。わたしは、「うん!」と元気よく返事をしてからアドルフさんについて行った。ちらりとディーンとバーナードを見ると、彼らは玄関先でなにかを話し合っていた。……バーナードってディーンのことを隊長って呼んでいたよね。……なんで隊長ひとりだけが、あの森の中であんなに酷い怪我を負っていたんだろう……?


「アクアさん」

「あ、はい!」

「今日は旦那さまと奥さまもいらっしゃるので、メイド長に会い着替えを終えたら挨拶しましょう」

「……あの、わたしが言うのも変かもしれませんが……、普通は面接があるのでは……?」

「ディーン坊ちゃんが連れてきたのですから、大丈夫ですよ」


 ディーンが連れてくる人は面接パス出来るってことかなぁ? ディーン効果、すごいわね……。怪しい人間だと思うんだけどなぁ……。

 そして、とある部屋でぴたりと足を止めたアドルフさんは、コンコンコンと扉をノックした。


「どうぞ」


 厳かな声がした。静かに扉を開けてアドルフさんが入り、わたしも中に入るように促した。


「そちらの方は?」

「ディーン坊ちゃんが連れてきた女性です。名はアクア、と」

「ディーン坊ちゃんが……? はぁ、またですか」


 アドルフさんが簡単にわたしのことを紹介してくれた。目の前の女性は頭痛でもするのか、額に手を当ててゆっくり息を吐く。そして、わたしを見ると立ち上がって近付いて来た。……わぁ、背の高い人だなぁ。わたしの頭ひとつ分は確実にある。……ちょっと良くないものも肩に視える。


「……ふむ」


 上から下まで確認するように見られた。なんだろう……? と見つめると、彼女はクローゼットの場所に向かい、その扉を開けるとメイド服を取り出した。……え、見ただけでわたしのサイズがわかるの? すごいなメイド長……! メイド服をわたしに渡すと、着替えなさい、と口にした。

 それを聞いたアドルフさんは、気を利かせて部屋から出て行った。まぁ、男性の前で着替えるのは恥ずかしいもんね。


「ここで着替えていいんですか?」

「ええ。着替えは自分で出来ますか?」

「出来ます!」


 そういってわたしは着ていた服を脱いでメイド服を着る。黒の長袖のワンピース、白いフリルエプロン(大き目)、ワンピースの袖は取り外し可能な作りになっているみたい。こっそり読んでいた小説の挿絵にあったメイド服。まさか自分が着ることになるとはね……。頭にかぶるのは……あれ、これは三角巾?


「見習いのうちはそれを被っていてください」

「なるほど、見習いの印ですか」


 納得して三角巾を頭に被せて結ぶ。懐かしい。神殿で掃除する時によく使っていた。

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