第75話
そんな話をしていると、屋敷にたどりついた。馬車から降りて、くるりとふたりに顔を向ける。ふたりはわたしを見て小首を傾げたから、にっと笑みを浮かべてみせた。
「わたし、学園に通う気はないよ」
「そう?」
「うん。だって、貴族の学園なんでしょ? それって、誰が後ろにいるのかわかるってことだよね」
そうなると、わたしに近付いて来るのは純粋な好奇心よりは、ルーカス陛下にお近付きになりたい人たち。ルーカス陛下に迷惑を掛けるつもりはないからね。……いや、もう迷惑かけまくっているような気がしないでもないんだけど。
「アクアがそう決めたのなら、それでいいんじゃねぇの」
「うん、オレもそう思う」
「わたしはここで、のんびりと学ぶよ。せっかく家庭教師も決まったのだし」
週に一回だけ、だけどね。神殿育ちのわたしはあまり国のことには詳しくない。どちらかといえば、学ぶことは浄化の仕方とか、魔法の使い方とか……。
「そういえば、カーテシーや敬語は誰に習ったの?」
「神官長」
今にして思えば、神官長はわたしがこの国と関りあることを知っていたから、そういう教育を受けさせたのかなぁ……。あの日以来、一度も会っていないし、元ダラム王国にも行っていない。ただ、たまにルーカス陛下が教えてくれた。
神官長はきちんと役目を果たしている、そうだ。
わたしとしては、神殿のみんなが生き残っていてくれるのは嬉しい。神殿のみんなも家族に近いと思っているから。
そして、新しく出来たこの場所で暮らす人たちとも、家族みたいになれたらいいなぁって思っている。そりゃあ友達は欲しいけどね! 一緒に暮らしているのだから、友達よりは家族に近しい気がするのよね……。
……さて、と。ディナーまでに時間はあるけれど、準備もしないといけないもんね。セシリーに声を掛けなくちゃ。
「……そういう風に、育てられたんだな……」
ぽつりと呟かれたバーナードの言葉は、風にかき消されて聞こえなかった。
わたしたちが屋敷内に入ると、セシリーが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、アクアさま」
「ただいま、セシリー。わたし、今日ルーカス陛下にディナー誘われたから、行ってくるね」
「かしこまりました。では、時間までにきっちりとセット致しましょう」
にっこりと微笑むセシリー。彼女のいう『セット』は王城に行くためのドレス選びから始まり、メイクをしたりヘアスタイルを変えたり、ハイヒールを選んだり……だ。低いヒールの靴で良いっていっても、聞き入れられたことは今のところない。
「……お手柔らかにお願いね……?」
「いいえ、ここはきっちり、仕事をしなくては」
……メイドにとって、一番楽しい時間だそうだ。わたし自身、自分が着飾ることにちょっと……いや結構な抵抗があるからなぁ……。
普段来ている聖職者のローブは、こっちのほうが良いと主張して勝ち取ったのだ。
「コルセットとの戦いが待っている……」
「そういうの聞くと、女って大変なんだなって思う」
「だね……。きつそう……」
きつそう、じゃなくてきついのよ……。
「今日もセシリーたちのセンスにお任せします」
「かしこまりました、それでは、皆と相談してきます」
セシリーが軽く頭を下げてから、楽しそうに鼻歌を奏でながら他の人たちの元へと向かった。
「アクアが着飾るのって、家庭教師が来る日と」
「陛下からの食事の誘いの時だけだからな……」
「アクア、きれいきれい?」
「きれいきれいだよー。ココもきれいきれいする?」
「んーんっ、ココはしないの!」
「そっかぁ……」
ココが着飾る姿も見てみたいけどなぁ。きっと可愛いと思う。
ちなみにココのいう『きれいきれい』は『ドレス』って意味だ。最初はなにをいっているかわからなかったけれど、よーく聞いてみるとドレスのことを指していると気付いた。確かにドレスは綺麗だけどね……。
「それじゃあ、時間までは自由行動ってことで」
「わかった」
「じゃあ、また後で」
この屋敷にいる間はひとりでも行動していいってことになった。わたしの行動範囲が限られているからかもしれない。ココもコボルトたちのところに向かったので、わたしは礼拝堂へと向かった。
礼拝堂に入り、一番前へと進んでいく。
――ああ、やっぱりここが一番落ち着く。
神聖な空気。澄んでいるというのがぴったり当てはまる。
ダラム王国の神殿にいた時よりも、ここの空気は澄んでいるのよね……。
跪いて、目を閉じ両手を胸元で組む。そして、今日の出来事を神へと報告した。些細なことでも、つい報告してしまう。これは神殿にいた頃からの癖だなぁ。
返事のように心がぽかぽかと温かくなる感覚。時間が許す限り、わたしは神へのお祈りを続けた。
――どのくらいそうしていたんだろう? 気付いた時にはそれなりの時間が経っていたようだ。セシリーに声を掛けられるまで、ずっとお祈りしていたみたい。
「……お祈りをしている時のアクアさまは、話し掛けられる雰囲気ではないのですが……、時間も迫っておりますので……」
「え、わたし、そんな雰囲気出していたの!?」
セシリーが申し訳なさそうに眉を下げる。わたしはセシリーの言葉に驚いて目を瞬かせた。そんな雰囲気を出していたとは思わなかった。っていうか、わたしどれだけの時間祈っていたんだろう?
「……天窓から光が降り注ぎ、まるでアクアさまが神の使いのように見えました」
「天窓から光が降り注ぐのは普通のことでは……?」
ちらっと上を見上げてみる。優しい光が降り注ぐのを見て、目元を細めた。
「……では、セット致しましょう」
「お願いしまーす」
セシリーたちの選んだドレスなら、間違いはないだろうし、ね!
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