第14話
……それにしても、帝国の陛下がわたしになんの用だというのか……。
ちょっと不安になりながらも、わたしは深呼吸を繰り返した。
扉の前で、(多分)護衛の騎士が立っている。ディーンが名前を告げると、「陛下がお待ちです」と扉を開けてくれた。
……赤い絨毯が敷かれていて、周りには恐らく神殿の人たちもいる。ジロジロとこっちを見ている人たち。そんなに見つめても、なにも出ないよ。
わたしはバーナードに視線を向けて、腕から手を離し、赤い絨毯の上を歩く。フカフカしているのがわかる。さすがだね。
階段の上にある大きな椅子に座る、厳かそうに見える人物。見るだけでピリピリとした緊張感が走る、感覚。わたしはすっとドレスの裾を持ってカーテシーをした。
「――顔を上げよ」
耳心地の良いテノールの声が聞こえ、わたしはすっと背筋を伸ばして顔を上げる。すると、アルストル帝国の陛下は大きく目を見開いて、わたしを食い入るように見つめた。……どうしたのだろう? と思いつつも、わたしは自分の胸に右手を置いて、
「本日はお招きいただき誠に光栄でございます。アクア・ルックスと申します」
「うむ。よく来たアクアよ。我が甥を助けてくれたことを感謝する」
挨拶をしたらそう言われて、わたしはディーンを見たくなった。一体どんな説明をしたのか、教えて欲しいところだわ。……っていうか、今、甥って言わなかった? ……いや、公爵家だものね、不思議じゃないか……。……随分歳の近い甥っぽいけど……。
「帝都の浄化もしてくれたそうだな。聖女や聖者は結界を維持するのに力を使ってしまい、中々帝都の瘴気まで手が回らなかったのだ。……それに、アクアは瘴気の森も浄化したと聞いたが……?」
「人命救助のためです。瘴気によってドロドロになった川の水を使うのは抵抗があったので……」
「そうか……それは助かった」
恐らく浄化した時に魔物も一緒に浄化されちゃっただろうから、あの場所で魔物狩りをしていた人たちは本当にごめんなさいって感じ。ところが、「助かった」と言われて少し驚いた。文句のひとつでも言われるんじゃないって思っていたから……ちょっと拍子抜け。
「瘴気の森の魔物は強く、中々討伐が進まなかったのだ。アクアが浄化してからは、人に害のない魔物たちが住み始めたらしい」
……人に害のない魔物ってどんな魔物だろう。ぼく悪いスライムじゃないよ? それとも、ぼく人間になりたいんだってスライム? 想像してちょっと和んだ。……まぁ、魔物なんてあんまり見たことないんだけど……。
「……それはよろしゅうございました」
「そこで、だ。アクアよ。そなたに褒美を与えようと思うのだが、欲しいものはないか?」
「身分証が欲しいです!」
思わず食いついた。だって一番身分証が欲しかったのだもの。陛下は「身分証?」と首を傾げた。……はっ、しまった、密入国のことがバレてしまう!
焦っていると、ディーンが口を開いた。
「陛下、発言許可をお願いします」
「うむ、許す」
「実は、アクアはアルストル帝国から連れ去られた者だと思うのです」
――え、ディーン、なにをいっているの?
「十年前に行方不明になった子どもと、アクアの容姿が一致しています」
「……ああ、それは私も思った。アクアはあまりにも私の祖母に似ている、と」
おばあちゃん? ちょっと待って、どういうことなの。私がこの国の人間である可能性があるってこと? ええ? だってわたし、孤児で……ダラム王国の神殿で拾われた人間だよ? いや、どうやって拾われたのかは覚えてないけどさぁ……。
「祖母は帝国随一の
……いやいや、陛下の祖母ってことは王族ってことじゃん。わたしにそんな高貴な血が流れているわけがないじゃん。思わず、「いやいや、そんなまさか」と口にする。……でも、雰囲気は変わらなかった。
「――なぜ、このアルストル帝国に来たのか、話してくれないか」
「なぜって……ええと、なにからお話しすればいいのか……」
「すべてを。話してくれたら身分証を用意しよう」
なにその駆け引き。わたしは考えるように視線を下げて、それからゆっくりと息を吐いた。目線を上げて陛下を見ながら、渋々とこれまでのことを話し始める。孤児だったわたしを、ダラム王国の前神官長が拾ってくれたこと、それまでの記憶がなく、唯一わかるのは自分の年齢だけだったこと、ダラム王国で聖女として暮らしていたこと、儀式の途中で邪魔が入ったこと、国外追放を言い渡されて転移魔法で国境の近くまで飛ばされるはずが、なぜかこのアルストル帝国に来たことを包み隠さずに全部話した。
謁見の間はしん、と静まり返ってしまった。バカ正直に全部話したけど、ダメだったかなぁ……?
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