第43話

 ルーカス陛下がわたしの手を握ったまま立ち上がり、老人たちに「さっさと戻れ」と言葉を掛ける。渋々とソファから立ち上がり、部屋を出て行く老人たち。最後のひとりがぱたんと扉を閉めるのを見てから、わたしはソファの背もたれに寄りかかった。


「……あの、良いんですか、あの人たち……」

「構わん」


 そんなバッサリと……。ルーカス陛下はぐいっとわたしを引っ張る。勢いあまって陛下の胸元にぶつかった。手を離して、代わりにわたしの腰に手を回した。ぴったりと密着されて困惑していると、陛下がディーンたちに言葉を掛ける。


「ディーン、私たちはダラム王国の神殿へ向かう。隊のことはお前に任せる。どうするかは好きに決めるがいい」

「はは、それは助かります。隊員たちと話してみますね」

「……なんかもう決まっているような気はするけれど……」


 ぽつりと呟いたバーナードの言葉が耳に届いて、思わずうなずいてしまった。騎士団の仕事よりも給料が良いのなら、わたしの護衛になるほうを選ぶのでは、と。バーナードは肩をすくめているし、ディーンはにこにこと笑みを浮かべていた。


「アクア、神殿の場所を思い浮かべろ」

「は、はい」


 目を閉じてダラム王国の神殿を思い浮かべると、またあの浮遊感を感じた。……この国の魔法の技術、本当にどうなっているのか知りたいわ……。


「もう良いぞ」

「……あっという間……」


 ダラム王国とアルストル帝国ってかなりの遠距離なのに……。いいなぁ、こんな風にテレポート出来たら便利よね。行きたいところ行き放題! でも、行きたいところにきちんと行けるかとか着地点とかの問題もあるよね……。うーん。使いこなすの難しそう。


「……お待ちしておりました。アクアさま、アルストル帝国の君主、ルーカス陛下」


 突然現れたわたしたちに誰も動じることなく、神官長や司祭たちが深々とお辞儀をしながら迎え入れてくれた。


「……神官長……」

「ドレス姿、お似合いですよ、アクアさま」


 ……はっ、そうだった。今のわたしの格好は、普段したことのない華やかなドレス姿だった。……自分で華やかなっていうのもなんだけど!


「……尋ねたいことは多々あるのだが……、魔法陣の掃除は終わったのか?」

「はい。三日もあれば終わりますよ」

「……へ? 三日?」

「……気付いていなかったのか。……あれだけの神力しんりょくを使ったのだ、寝込むのは当然だろう」


 ちょっと待って、わたし、三日くらい寝込んでいたってこと!? 今までそんなに寝込んだことないのに! 風邪を引いても一日で治っていたのに! あ、もしかしてルーカス陛下が『心配させるな』ってデコピンしてきたのって、三日も寝込んだせい!? びっくりして目を丸くすると、神官長が肩をすくめるのが見えた。


「とりあえず、こちらへどうぞ」


 神官長が案内したのは礼拝堂だった。神の前で色々決着をつけるということだろうか。椅子に座るようにうながされて、椅子に座る。つい手を組んでお祈りをしてしまう。ずっとやってきたことだから、もう癖になっているのかもしれない。……まぁ、お礼もしたかったし。


 ――神よ、無事にみんなを助けられたことを感謝いたします――……。


 返事のように身体がぽかぽかと温かくなる。……うん、神にちゃんと伝わったみたい。ほっと息を吐いてから、改めて神官長たちに顔を向ける。ルーカス陛下が静かに口を開き、


「この神殿はどこまで知っている?」


 そう尋ねた。尋ねられた神官長たちは、「我々が知っていることを話します」と十年前の出来事、そしてわたしが追放されるまでのことを語った。ルーカス陛下は真剣な表情で聞いていて、わたしとしては色々耳が痛いことも……。そこまで赤裸々に話さなくても……と声を上げようとしたけれど、そのたびに強い眼差しで止められた。……うう。

 ディーンとバーナードが『陛下に言うなよ』って警告していたことも話しちゃったし。……陛下の顔がものすっごく怖いことになっていた、とだけ伝えておこう……。


「ほう、神殿に国を任せていた、と……」


 目元を細めて、声を低くしてそう呟くルーカス陛下の迫力といったら!


「……アクアさまは、アルストル帝国の出身でしたか?」

「ああ。私の身内だ」

「そうでしたか。……無事に転移されたようで……」

「瘴気の森に転移されたけどね……!」

「すみません、さすがに行ったことのない国の転移場所までは把握できませんでした」


 きっぱりと真顔でそんなことをいう神官長に、わたしは唇を尖らせる。それを見た神官長たちの雰囲気が一気に和んだ。……なんで? と首を傾げると、神官長はこほんと咳払いをしてからわたしたちへと改めて頭を下げた。


「誓って、神殿はアクアさまの誘拐に関わっておりません。ですが、我らはアクアさまの持つ神力を望んでしまった。彼女をこの神殿に拘束していたことを、どう詫びれば良いものか……」


 詫びるとか、詫びないとかの問題じゃない。わたしのことを育ててくれたのは、この神殿の人たちだ。わたしは思わず、ルーカス陛下の袖を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る