第44話
「……アクアはどうしたい?」
ルーカス陛下がわたしに尋ねる。わたしは目を瞬かせて、じっとルーカス陛下を見た。そして、ゆっくりと深呼吸をしてから、神官長たちへと視線を向ける。
「――生きていて欲しいです」
「……アクアさま……」
神官長たちが困惑したようにわたしを見る。わたしは、ルーカス陛下の袖から手を離して、立ち上がり神官長たちのほうへと歩いた。履き慣れないハイヒールだから、ちょっと歩くのが遅かったけれど、神官長たちの前に立つ。そして大きく手を振り上げて、そのまま振り下げた。神官長は避けることなく、ただ受け止めようとしていることに気付き、そのままぽかぽかと胸元を叩く。
「なんで勝手に決めちゃうの! わたしのことなら、わたしに一言くらい言ってくれても良かったのに!」
きっとわたしが来てからの十年、神殿の人たちはずっとわたしに対して色々複雑だったんだと思う。それでも、わたしのことをきちんとこの年まで育ててくれた。十年過ごして来たこの国で、家族ともいえる絆が確かにあったと思う。
「どうして、本当に……っ」
「アクアさま……」
ぽかぽか叩いていた手を止めずに、わたしの好きなようにさせていた。止める権利が、自分にはないといっているような感じで。まるで幼い子をあやすように、ぽんぽんと頭を撫でられて動きを止める。
「……あなたという人は、本当に……。我々を困惑させるのだから」
困ったように、でも、懐かしむように優しい口調だった。それを見ていたルーカス陛下がゆっくりと息を吐く。わたしたちに近付くと、神官長からわたしを離し、わたしの頭をくしゃりと撫でた。
「……とりあえず、これからのことを話し合うとするか」
「……そうですね」
ルーカス陛下は、もしかしたらわたしが寝込んでいる間にこうすると決めていたのかもしれない。
「ダラム王国はアルストル帝国に下り、我が領地となった。領主には私が信頼している人物を置く。城は破壊したから、ここを拠点とする」
……今、なんかすごい言葉が出てこなかった? 王城って破壊出来るものなの……? いや、確かにこの人なら出来ないことなんてなさそうだけど……。……というか、わたしが意識を失ったあと、一体なにが起きていたのだろう?
「アンジェリカさまは?」
「逃がした。今頃は別の国へ向かっているだろう。……まったく、なぜああいう輩を招き入れたのか」
「オーレリアン殿下は美しいものがお好きでしたから」
……言外にわたしが美しくないといわれているような気がする。
「……それに、あれは年上好みでしたからね」
「……良いの? オーレリアン殿下を『あれ』呼ばわりして」
「国を失った王子だから良いのでは?」
司祭のひとりがそんなことをいう。……あの女性、オーレリアン殿下より年上だったのか。綺麗すぎて年齢がさっぱりとわからなかった。そもそも、どうやってあの女性を見つけたんだろう。
「回復魔法が使えるからといって、神力が強いとは限らないのですが……。あの装置を、知らなかったようですね」
あの装置……? とわたしが首を傾げる。ルーカス陛下は腕を組み、なにかを考えるように視線を巡らせて、それから真っ直ぐに神官長を見た。
「ここの最高責任者はお前か?」
「はい、ルーカス陛下。一応、そうなっています」
……神官のトップだから神官長と呼ばれているのだと思っていた。あれ? でも
「……ヒューイさま……」
神官長の名を、司祭たちが呼ぶ。ぴくり、とルーカス陛下の眉が動いた。神官長の名前に、聞き覚えでもあるのかな?
「ヒューイ? かつてその名と同じ者が消えたという噂を耳にしたことがある」
「他国のことでしょうに、よくご存知でしたね」
驚いたように神官長が目を大きく見開く。わたしがルーカス陛下と神官長を交互に見ると、神官長は肩をすくめた。
「……まあ、とりあえず座ってください。話はその後に」
わたしたちを再び座らせると、司祭へと視線を向ける神官長。司祭たちは小さく頭を下げて礼拝堂から出て行った。ぱたん、と扉が閉まる音が聞こえてから、すっと神官長が神官帽を取った。キラキラと輝く金色の髪。……懐かしいな、神官長が帽子を取ることって滅多にないから……。
「……ダラム王国より北東にある国を、ご存知ですか? 私はそこの出身です」
「そうだったのですか……」
ダラム王国より北東の国ってどこだろう……。黙って聞いていたルーカス陛下が、国の名を口にすると、神官長は小さくうなずく。聞いたことのない国の名だった。
「もう別の国の領地になっていますから……」
「ええっと、神官長って……孤児だったのでは……?」
「孤児であることには変わりありませんよ、恐らくね」
恐らくって……。わたしと同じように記憶を失っている……? うーん、よくわからない。
「では、あの司祭たちはあなたの護衛か」
「……似たようなものですね」
司祭が護衛? どういうこと? わたしひとりだけ理解できていないようで、なんだか悔しい。凝視するようにふたりを見ると、神官長は目を伏せた。
「他国が攻め込んできた時に、私たちはこの国に逃げて来たのです」
「……逃げて来た?」
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