第六節:落ち着いたので、家を買う。

第62話 モフッ子と隣国でセカンドライフ



 宿屋・天使のゆりかごの入り口カウンターで、マリアは頬に手を添えながら少し困ったような顔をした。

 

「寂しくなるわねぇー。クイナちゃんが居てくれて、とっても楽しかったから……」


 曲がりなりにも宿屋の奥さんだ。

 新しいお客さんが来ることもあれば去るお客さんだって居る。

 滞在期間は一か月ほどにのぼったが、それだって特に珍しい事じゃない筈だ。

 

 それでも別れを惜しんでくれるマリアには、実際にクイナもお世話になっていたしかなり懐いてもいた。

 だからそう言ってくれる事は、ただ素直に嬉しいしありがたい。


「クイナちゃん、またいつでも遊びにおいで。ほらこれお土産のプリン」


 そう言って4つのプリンが入った木箱をしゃがんでクイナに渡したのは、自分のプリンを「美味しい美味しい」と言って食べてくれるクイナの為に、今日から『プリンお持ち帰りサービス』なんてものを新しく始めてしまったズイードだ。


 どうやら「ここを離れるクイナの為ににやってやるんだ」という話を常連にポロリと零したら、「不公平だ」「家に置いてきている嫁への土産に丁度いいからメニューに作れ」という声が口々に上がってしまったらしい。

 そのお陰でお持ち帰りは、全体サービスへと昇華される事になった。


 ここには仕事帰りの冒険者だけじゃなく、嫁や子供を家に置いて息抜きがてら男衆で飲みに来る奴らも沢山居る。

 美味しいし、もしかしたらご機嫌取りには最適なものなのかもしれない。



 それを無言で受け取ったクイナが大好きなプリンだっていうのに耳も尻尾もシュンッとさせてしまってるのは、おそらく寂しいという気持ちのせいなのだろう。

 が。


「おいクイナ。俺達の引っ越し先、すぐ近くだぞ?」

「はっ!」


 2人の惜しんでくれる空気に呑まれて、そんな当たり前の事が完全に頭からすっぽ抜けたんだろう。

 クイナはここで我に返る。



 クイナと俺は、結局2人でこの街への定住を決めた。

 この1週間弱はスライムと薬草狩りをする傍ら少しずつ手頃な新居を探していたが、それもダンノの伝手で見つかった。

 手続きも終わり最低限の家具も運び入れ、引っ越す日が遂に今日という訳である。


 

 引っ越し先は、中心部から少し離れたそう大きくはない一軒家。

 古い家だったけど、俺の魔法でリフォームしたりと色々改造は施した。

 今日・明日で日用品を揃えたりそれを片付けたりするだけで、引っ越しは完了となる。

 明後日からは、冒険者家業もまた再開できる事だろう。


「まったく、ズイードさんとマリアさんも……『また明後日には食事とプリンを食べに行きます』って言ってるのに」


 騙されやすいクイナであんまり遊ばないで頂きたい。

 じゃないと俺が何だかとっても可哀想なことをしてる気分になる。


 そう言えば、ズイードは俺の言葉を否定する様子も無く、かわりに「寂しいのは本当なんだけどなぁ」と笑いながらクイナの頭を優しく撫でる。


「また食べにおいで。クイナちゃんの分のプリンはいつでも用意しとくから」

「うんなのっ! ありがとうなの、ズイードおいちゃん!」

「フフフッ……あー、孫に欲しい」

「ズイードさん?」

「ん? 何だい?」


 ズイードさん、まさかのとぼけ顔だ。


 実はこの人「俺より10くらいは年上かなぁ」と思っていたら、なんと20は年上だったという新事実。

 子供たちは居るものの3人とも既に自立しているらしく、そろそろ結婚の年頃らしいがまだ孫は居ないんだとか。

 最近よくクイナが寝静まった後に二人で飲む事が多いから、その流れで教えてもらった。


「アルドくんもまたおいで。そして沢山お金を落として」

「なんかとっても邪な歓迎のされ方されてる気がする……」

「でも知ってるでしょ? ここって宿屋なのに主に食堂で生計が成り立ってるんだよ。アルドくんみたいな連泊の上客が居なくなると、俺達とっても大変なの」


 ……切実だなぁー。

 そう思ってちょっと遠い目になってると、マリアに「2人とも随分と仲良くなったのね」とクスクス笑われてしまった。

 どうやらズイードは客に対しあまりこの手の冗談は言わないらしい。


「クイナちゃん、アルドくん、いつでも帰っていらっしゃいね。私たちにとってはもう2人とも、子供や孫のようなものなんだから」


 マリアが言って、ズイードも頷く。

 その好意が嬉しくて、俺はニッとはにかんだ。


「……はい、ありがとうございます」


 今まで決して得られなかった筈の親から情を、何だかここで纏めて受け取ったような気分になった。

 心の中がほんわりと温かくなって、嬉しいやら、照れくさいやら。


 左手にスリッと温かいものが寄ってきたので見てみれば、クイナもどうやら似たようなものらしい。

 俺の手の甲に隠れる様に、おでこをスリスリやっている。



 それを上からモフッと撫でて、俺は彼女に元気に告げた。


「よし、行くか!」

「うんなのー!」


 こうして俺は、耳をピピンッ、尻尾をゆるんゆるんとフリフリさせるクイナと共に、ここ『天使のゆりかご』から一歩踏み出す。


 これが俺達の、これから始まる騒がしくて飽きないような新生活への第一歩だ。



 ~~第一巻、Fin.


※次話からオマケの読み切り閑話が数話あった後に、第二巻のリンクを貼っています。

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