第18話 ……え?




 しかしそうしてまでも、この敬称が周りに広く聞こえるのは困るのだ。


 俺が王太子だったのは事実だが、そもそもそれも最早過去の話なんだし、もし身バレして、面倒事に巻き込まれたらと思うともちろん身バレしないに越した事は無い。


「せめて端っこに……」


 そう言えば、彼はまるで壊れた操り人形のようにコクコクコクと頷いた。

 そうして二人で部屋の隅っこまで移動してから、やっと会話を再開する。


「す、すみません。王族の方がこういう形で国境を通るのは、誘拐された時くらいしか無く、些か周りへの配慮に欠けました。今日はお忍びか何かなのですか?」


 俺の言動から「周りにバレてはいけない案件なのだろう」とどうやら察してくれたようだ。

 謝ってくる彼は今度はちゃんと小声で周りに配慮してくれている。

 

(誠実そうな兵士だな。周りの様子を見た感じ、おそらく彼がここの責任者なんだろう。こういう真面目さが現場には必要なんだ)


 そんな風に思いながら、だからこそ彼の仕事に泥を付けない様にしようと心に決めて告げる。


「お忍びじゃないよ。だって俺はもう、王族じゃないからな」

「……え?」


 俺の答えに、彼は間の抜けた声で聞き返してくる。


「えっと……俺、つい8日ほど前に王太子から平民に下ったんだけど……通達は来てないか?」

「え、知らないです」

「……え?」

「え?」


 俺としては「来てないか?」という彼への問いは、「来ているだろう?」という確認だった。

 自分で言うのも少々むず痒いけど、王太子の廃嫡というのは国の大事だ。

 普通は各所にすぐ、そういう通達が回る。


 それこそ俺は罪を犯した身なんだから普通は動向を知っておきたいと思うのが普通だろう。

 それなのに馬車を出す事を拒んだのだから、行先は誰にも分からない。

 せめて出国したかどうかくらいの事は把握したいと思う筈で、そうなれば国境には即座にそういう連絡が届く筈なのに、彼を見る限りではどうやらそれも無いらしい。




 思い返せばここ8日間の道中で、「王太子が廃嫡されたらしい」という話はただの一つも聞かなかった。


(もしかして、俺の動向に興味が無いのか……?)


 いや俺だって、何もこの期に及んで「俺の事、気にしてくれよ!」なんて言ったりしない。

 そもそも自分から縁を切って国を出ようとしている身だし。



 だけど俺がその後国内で何か悪い事をする可能性とか、廃嫡された後でクーデターの旗頭になるかもしれないとか。

 裏工作が嫌いな俺でもそういう可能性がある事くらいは分かるのである。


 裏工作に精通している元婚約者のバレリーノや何かと小賢しかった弟・グリント、あまつさえあの王が思いつかない筈なんてない。



 なのにここまで何も対策をしていないとなると、俺が何もできないと踏んでいるか、事後対処で事足りると思っているのか。

 どちらにしろ俺の動向それ自体には興味がないと、若干こっちを舐めた形で思っているには違いなくて。


(なぁんだ、心配して損したわ)


 思わずそう思ったのは、実はここ数日「もしかしたら暗殺者とか来るかもしれない」とちょっぴり警戒していたからである。


 しかしそれも、国境にさえ全く話が及んでないのならばもう杞憂だろう。

 そうと分かればちょっとばかし自意識過剰な感じがして恥ずかしいやら、拍子抜けやら。


 いやしかし、まずはそれよりも。 


「仕事なんだから、誰かちゃんと伝令くらいは送っとけよ……」

 

 日々真面目に仕事に従事している様子のこの兵達に抱いた同情の念が、俺にそう呟かせた。


 そういう事なら俺みたいなのが普通に検問を通ってきて、さぞかし驚いた事だろう。


「えーっと……さっき言った通りだな、俺は陛下から8日前に平民に下る様に言われた。もうこの国の王太子でもなければ権力持ちでさえ無いんだ」

「は、はぁ……」


 さっぱりと端的な俺の言葉に、兵の彼は頷いた。

 しかしそれは「何とかして理解しようと努力している最中」という感じで、どう見ても納得している訳じゃない。


「まだ連絡が届いていないかもしれないが、それは事実だ。じきに国からもお達しがあるだろう。で、何で俺は止められたんだ?」

「あ、あぁはい。あの、先ほど水晶が黄色く光ったと思うのですが」

「あぁでもそれは前からだろう?」

「はい。あの水晶は出国禁止令が出ている人間が触ると赤く光を放ち、上流貴族や王族の方々が触ると黄色く光ります。光った場合は一緒に名前も浮かびますので、それと同時にどなたなのかも分かるという仕組みです」

 

 なるほど。

 それで町民風の身なりをしていた俺を見ても、すぐに王太子だと判断できたという訳か。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る