第19話 この国での最期の記憶も早々捨てたもんじゃない。



「赤の場合は即刻この場で取り押さえ、黄色い場合は他国への拉致の可能性がありますので少し慎重にならざるを得ません。そういう方々が来られる場合は大抵前もってご連絡がありますので、その場合は特にお待たせするような事も無いのですが……」


 ふむ。

 つまり今回は、この国の王太子――だと彼らが信じていた者が、何の前触れもなく、しかも彼らが乗っている馬車の中に水晶を持って来させて審査させるなどというVIP対応を要求せずに出国しようとしたから驚いて止めた、という訳らしい。


「もしかして、この水晶は魔力に反応して?」

「はい。魔力は指紋と同じように他に二つとないものですから」


 ぶっちゃけ俺は、魔法はちょっと使えても魔道具に関してはからっきしだ。

 だからわりと当てずっぽうだったんだけど、どうやら当たっていたらしい。



 しかし、用途が『拉致防止』だと分かったのは僥倖だ。


「さっきこの水晶は黄色く光った。つまり出国禁止令は出てない。そうだよな?」

「はい、それはその通りですが……」

「で、その連絡は来てない訳だな?」

「『殿下を捕らえよ』という命令ですかっ? そんな滅相もありません!」


 すぐさま否定してくれて助かった。

 これで俺はここを通れる。


「なら俺は、ここを通って構わないよな? 俺は分別のある大人だし、正気にも見えるだろう? それに今、ここで助けを求めればお前たちに保護してもらえると分かった上で出国を希望してもいる。それらを鑑みればおのずと、誘拐の可能性はなくなるだろう。また、出国禁止もされていない」

「そう……ですね。分かりました。しかし最後に一つだけお答えください。私から見て、殿下は何やら出国を急いでいるように見えます。その理由は何ですか……?」


 そう尋ねてきた彼は俺に、誘拐されていく人間に最後の命綱を垂らしているようにも、相手が犯罪に関わる者か否かを判断するためのものの様にも考えられた。


 が、やましい事は無い。

 だから俺は正直に言う。


「実はちょっと国王陛下の意に沿わない事をしてな。だから平民になって自由になったんだし、陛下の気が変わる前に早く国外へと出ておきたくて」


 そう思っているのは本当だった。

 ただそこにはもう一つクイナの素性がバレる前にというものあって、だけどそれは流石に彼には言えないから省いておいた。


 


 俺の答えに、少しの沈黙の後で彼は、ゆっくりと頷いた。


 実際に、彼はこれ以上俺をここに留めておける材料が無い。

 理由もないのに引き止める事は、職務的にも礼儀的にもよろしく無い。

 実に仕事や人に、誠実で忠実な人間と言えるだろう。


「じゃぁ俺はそろそろ行くよ」

「はい、どうぞお通りください。お手数をおかけいたしました」


 そう言って一礼した彼に、俺はフッと笑みを零す。


「俺は君の仕事ぶりをとても気に入ったよ。こういう人たちがこの国の平和を支えてくれていたのだと、今改めて感じたさ。とはいえ今更実感しても、もう王太子ではない俺には君たちに報いる事は出来ないけどな」


 そう言って後ろ手に手を振りながら、俺は一歩を踏み出した。


 そんな俺の後ろから「あのっ」と最後に声が掛けられる。


「俺の実家は殿下が制定してくださった『国内の穀物価格の下限を定める法律』によって過去に窮地を救われたのです! 末端の国民の事を考えてくださる殿下には、ずっと感謝していました!」


 ありがとうございます。

 そう言って頭を下げてくれた彼に俺は、ただそれだけで今までの全てが報われたような気分になった。


 

 この国での最後の記憶も、中々捨てたもんじゃない。



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