第17話 入国審査で引っかかる。



 首都の商会ともなればそれなりの手腕が必要なんじゃないだろうか。

 それ以上に、「商会を」というんだから、きっと彼は商会長なのだろう。


 そう思えば、なおさら興味が沸き上がる。


「ではもしかして、今回はその関係でこの国に?」

「えぇそうなんです、他国進出の下見の一つで。しかしちょっと折り合いがつかず、結局今回は手ぶらで帰る途中です」

「それはそれは……残念でしたね」


 苦笑交じりにそう話したダンノに、「せっかくはるばるやってきたのに何も収穫が無いなんて」と俺もちょっと残念になる。

 もし俺に地位が残っていたならば、もしかするとどうにかしてあげられたのかもしれない。

 が、無いものは無いんだから仕方がないだろう。


 しかし彼の気持ちを思うと、ちょっと俺まで落ち込んでしまう。

 が、そんな気持ちで見た彼の顔は、思いの外明るいもので。


「まぁこういうのはご縁ですし、商売にはそういう事も往々にしてあるものなのです。それに何より今回は、メルティーに初めて他国というものを見せてやれましたからね」


 そう言いながら娘を見遣る彼の目は優しく、「とても楽しそうでしたから」と言った声は柔らかい。

 それは疑いようもない子供想いの父の姿で、仕事を置いても「良かった」と思えている彼が一体どんな人間なのかは、少なからずそれで分かる。


「なるほど」


 相槌を打ちながら感心する俺は、今度は「笑顔が引きつっているかもしれない」なんて心配はする必要が無かった。

 そんな俺に何故か彼まで安堵したような顔になったのは少しばかり不思議だったが、その理由を深く考える前に彼はこんな提案をしてくれる。


「あぁそうだ。もし何かご入用な物がありましたら、是非『ダンリルディー商会』を頼ってください。私自らご案内いたしますよ」


 私の商会なんです。

 街で聞けば、場所はすぐに分かるでしょうから。

 

 そう言った彼は、少なくとも俺に対して商会長自ら案内するくらいの価値を認めてくれたらしい。

 

「ありがとうございます。土地勘も頼れる相手も皆無なので、とてもありがたい申し出です」


 是非とも頼らせてもらおう。

 そう思って、俺は『ダンリルディー商会』『ダンリルディー商会』と頭の中でその名前を何度も唱えた。

 忘れてしまったら勿体ない。



 と、その時だ。

 馬車がゆっくりと停車した。

 

 少し身を乗り出して外を見れば、前に少し行列が出来ている。


「あぁ、国境に着きましたね」


 呟くようにそう言ったダンノは、既に何度も国境を通る経験をしているのだろう。

 特に緊張も気負いもする様子はなく、口に出たのもただの反射のようなものだったに違いない。



 が、俺にとってはそうじゃない。

 一人で国境を超える事に慣れている筈もなく、あまつさえ今はクイナだって居る。

 居る筈の無い獣人少女が出国するのだ。

 緊張しない筈が無い。


(もしここでバレてしまえば……)


 どうなるんだろう。

 そう思えば不安で仕方がない。



 思えばそもそも、出国審査というものに対する知識がないのがいけなかった。

 

 そのせいでどんな出国審査にどのような工程があるのかが分からない。

 身体検査なんてものがあったら、コートで獣人のトレードマークを隠しているだけのクイナはもう終わりである。


 が、顔を青ざめた俺に、ダンノが微笑み交じりに教えてくれた。


「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。この国は、入国審査こそ厳密ですが出国審査は条件がかなり緩いですから。それこそ国の要人が国外に誘拐されない様にする措置や何らかの原因で出国禁止令が出ている人間の出国を止める事くらいしかしません」

「因みにそれは、どのようにして判断を……?」

「あぁそれは、魔法具を使うんです。こう……大体頭くらいの大きさの水晶玉を一人ずつ触って確認するだけですよ」


 そう言われて、思い出す。


 確か俺も、出国時には毎回誰かがやってきて水晶玉を触らせられた。

 そうするといつも水晶が黄色く光って、「問題ありません」と言われて通される。

 確かそんな感じだった。

 

(そうかあれって、出国審査の手続きだったのか)


 今更になってそんな事に気付かされ、俺は思わず苦笑する。

 しかし誰もがあれだけで通れるのなら、よほどの事が無い限りクイナの種族がバレる事は無いだろう。



 だから俺は、ここでひどく安堵した。

 が、まさか思わなかったのである。


 あんな事になるなんて。




 国境の目の前で一斉に馬車から降ろされて、俺たちは皆とある部屋に通された。

 そこには水晶が用意されていて、「順番に手で触ってから通れ」と指示されてそれに従う。


 もちろん俺も言われた通りにやっておいた。

 水晶だっていつもように黄色に光った。

 だから俺は、少しホッとしさえしてその場を通り抜けようとした。

 ――その時だった。


「あの、すみませ……恐れ入ります」


 突然ぎこちない丁寧語が掛けられて、そちらの方に顔を向ける。


 と、そこにはベテラン兵士が眉尻を下げて立っていた。

 どうしたんだろう、その後ろでは他の警備兵達も少しざわめいている様に思う。


(――あぁ俺は、コレを知ってる)


 瞬時にそう、分かってしまった。


 

 例えば俺が想定外の事や、突然予定の変更が必要になってしまった時。

 現場の人間は、決まってこうして慌て狼狽えていた。


 つまり、だ。

 これはたぶん十中八九――。


「あの……何故こんな寄り合い馬車で出国されようとしているのですか? アルド殿――」


 殿下と言い切る前に俺は、慌ててその兵士の口をシュバッと塞いだ。



 彼の驚いた目と視線が交わる。

 それはそうだろう、彼はあくまでも自らの職務を全うするために質問したに過ぎないのだ。

 まさかそれを、高貴な筈の人間に、しかもこんな物理的な方法で静止されるとは思うまい。


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