第16話 めっちゃ良い子!



 そんなやり取りがひと段落着いたところで、「あれ? どうやら自分が誰かからの視線を浴びているらしいな」と気がついた。


 見れば先程、俺がお詫びにドーナツをあげたあの子と目が合う。



 もしかしたらおかわりが欲しいのかもしれない。

 だけどスマン、もう残ってないんだよ。

 そもそも残ってたんだとしたら、俺の膝の上で未練がましく唸っているこのクイナは居なかった筈だ。


 ……っていうか、いつまでいじけてるんだよお前は。


 そう思って顔をちょっとのぞき込めば、被っているフードの中に口をツンっと尖らせたままのクイナが居た。


 えー、どうすんの。

 だってしょうがないじゃんか。

 そんな風に思っていると、俺達の間に割り込む様にニュッと何かが現れた。

 

「良かったら、一個いる……?」

「えっ?!」


 飛び出してきたのは先程クイナがガン見していたあの飴の瓶で、言ったのはさっきの子だ。



 クイナはひどく喜んだ。

 それはもう喜んだ。

 その結果、彼女はガバッと勢いよく頭を上げて――。


 ゴンッ


「「〜っ!!」」


 凄い音と共に額に、思わず「割れたか」と思った。

 クイナの頭と彼女をちょうど覗き込んでたせいで出てた俺の顎がクリーンヒット。

 言うまでも無いだろうが、めっちゃ痛い。


 俺は顎をクイナは頭を抑えながら、それぞれが無音のままで悶絶する。

 と、突然で一瞬だった現場のすぐ近くに居合わせてしまったあの少女が「あの……大丈夫ですか?」とオロオロしながらも聞いてきてくれる。



 俺だって、だてに18年も王族なんて地位に居たわけじゃない。

 相手が本当に心配しているのか、それとも上辺だけなのか。

 それくらいはすぐに分かる。


 この子が見ず知らずの俺たちの顎と頭を本気で心配してくれている事くらい、簡単に分かるのだ。


「なんて良い子なんだ……」


 気が付けば、そんな言葉がポロッと漏れた。

 まだ痛む額のせいで、生理的な涙が目に溜まって前がよく見えない。

 が、それでも小さな彼女の無垢な心配に俺の心は洗われた。



 と、誰かの吹き出す様な声が聞こえた様な気がした。

 そちらを見れば、30代くらいのダンディーなオジサマが居る。


「いやぁ、すみません。あまりにも感情の籠った声だったので……」

「……はっ!」


 そう指摘されて初めて自分の独り言を自覚した。

 羞恥心が顔を駆け登り、体温が体感0.5度ほど上がったような気分にさせられた。

 誤魔化す為に「ははは」と空笑いをすると、彼が俺に手を出してくる。


「私はこの子・メルティーの父親で、ダンノと言います」

「あぁ、ご丁寧にどうも。俺はこのクイナの旅の同行者で、アルドと言います」

「おや、この国の王太子殿下と同じ名ですね」


 面白い偶然だ。

 そう言った彼は、おそらく何か含むところがあった訳じゃない筈だ。

 

 それでもドキッとしてしまったのは、どうしようもない事だろう。

 それを掻き消すようにして誤魔化すための笑顔はしたが、もしかしたら差し出された手とした握手に少し力が籠り過ぎてしまったかもしれない。



 しかしそんな俺にダンノは、深入りする事は決して無かった。

 

「す、すみません。クイナがそちらのお嬢様にご迷惑を」


 もしかしたら引きつっているかもしれない笑顔で言えば、彼はフッと人の良さそうな笑みを浮かべてくれる。


「いいえ、気にしないでください。こちらもドーナツ、ありがとうございます」

「あぁいえいえ」


 互いにそんな大人のやり取りをしている横で、クイナはダンノの娘・メルティーから飴を一粒受け取っていた。


 貰ったそれを口の中にポイッと入れてコロコロモグモグしてすぐに、彼女は両手の頬に添えて笑う。


「甘ぁー!」


 とても嬉しそうだなぁー。


「クイナ、お礼はちゃんと言ったのか?」

「あっ、ありあほ、あの!」

「どういたしまして」


 口の中がもごもごしているお陰でお礼なのかどうか分からない言葉が出てしまってたが、お礼の気持ちそれ自体はどうやらちゃんと届いたらしい。


 メルティーはやはりちょっと控えめな感じで、それでもにっこり笑って応じてくれた。

 とりあえず二人は仲良くできそうだ。


(正直言って、一つしか残っていなかったドーナッツを譲ってしまって「どうなることか」とちょっと心配したんだが、まぁ大丈夫そうだな……)


 そう思い、ホッと胸を撫で下ろす。


 流石は飴、凄まじいパワーだ。

 今後何かを言い含める時用のアイテムとして、見つけたらすぐに買っておこう、うん。


 真剣にそう頷いたところで、ちょうどダンノが聞いてくる。


「アルドさんは、ノーラリアにはご旅行に?」

「ご旅行というか、ちょっと見てみて良さげだったら王都に移り住みたいなぁと思っていまして」

「そうなのですね、入国は初めてで?」

「はいそうです」


 実際には公務で国には来たことがあるが、城下にすら降りる事は叶わなかったし、国境だってVIP待遇で超えたから自分の足で検問を通るのも初めてだ。

 入国自体初めてだと言ってもそう大差はないだろう。


「ノーラリアは多国籍で多種多様。その影響で、色々な国の品が集まる場所なので、市場はとても賑やかですよ。喧しいのがお嫌いでなければ、活気のある住みやすい場所だと思いますよ。王都は治安も良いですしね」

「へぇー、それは楽しみだ」


 俄然高まってきた期待に、ちょっと嬉しくなってくる。


 色々な国の品というのも興味があるし、賑やかなのも嫌いじゃない。

 むしろ以前は手放しで誰かと一緒に空気を楽しむという事が出来ない身分だったから、それについても好奇心の方が先立つ。


 彼の言った事全てが俺にとってはプラスだ。


「ダンノさんは、ノーラリアの方なんですか?」


 ならばもっと詳しく話を聞きたい。

 そう思って質問すれば、彼は快く答えてくれる。


「えぇ、私はノーラリアの首都・イリストリーデンで商会を開いているんですよ」

「えっ商会を?!」


 俺は思わず「凄いですね」と声を上げる。

 俺にとって商会というのは、俺の知らない領分で金と人を動かすエキスパートのようなイメージだ。



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