第四節:道中、とある商人との出会い

第15話 俺とクイナの攻防戦

 


 俺が城から出て8日。

 やっと国境が近づいてきた。


 商売人達なのだろうか。

 窓の外にはどうやら荷馬車が増えてるようで、対照的に通行人の姿は減った。


 この先にはもう、国境の検問くらいしかない。

 国を跨ぐ人間は、徒歩なんかじゃぁ滅多に来ないという事か。

 


 そういう訳で、今の馬車内はまた絶賛すし詰めだ。

 老若男女、寄合馬車だから流石に身なりが良いのは居ないが、老人も居れば子供だって居る。

 そんな彼らは、一体何しに隣国へと行くのだろうか。

 そんな風に思ったが、詮索なんてされようものなら俺こそ具合が悪いから、興味本位で誰かに聞く事もできない――なんて事を考えていた時である。

 すぐ隣に座ってるクイナが、何かを熱心に凝視している。


 あぁ向かいに座っている子供か。

 ちょうどクイナと同年代だし、だから気になってるのかも。


 最初はそう思ったが、絶対違う。

 よく見たら、彼女が見てるのは彼女の手元だ。

 両手で包むようにして、大事そうに持っている飴が入った瓶である。


(あぁー、甘い物かぁー……)


 ついさっき俺が渡した甘いものをペロリと食べたばかりなのに、さっきの今でもう甘い物に釘付けなんて、食いしん坊感が半端ない。

 


 それでもまぁ遠くから見ている分には良いかと思ってたんだが、意識してなのか、無意識なのか。

 ジリジリ、ジリジリとクイナは彼女と距離を詰めて、遂にはその子の持っている瓶に鼻が付きそうなくらいまで近付いて――。


「こーら、クイナ」


 目深に被ったフードの上から、クイナの頭を鷲掴む。


 グリグリとしてやれば、多分嫌なのだろう。

 釘付けのまま「ウーッ」と唸る。

 お前はキツネなんだろうに、犬かと思う反応だ。


 しかし幾ら恨みがましそうな目で見られても、俺だって一応は暫定保護者の立場である。

 きちんと叱ってやらねばなるまい。


「この子がビックリしてるだろ。それにめっちゃ迷惑だ」

「でもとっても気になるの! キラッキラで綺麗なのに、何か甘い匂いがするの!」

「そりゃぁ飴だから甘い匂いは当たり前だろ」

「『あめ』……?」


 コテンと首を傾げたクイナは暗に「飴ってなぁに?」と聞いてきている。

 あぁ知らないのか。

 それで匂いに反応して、こんなにも興味津々という訳か。


(仕方がないなぁ、向こうについたら一つくらい買ってやるか……って、ん?)


 クイナが凝視している瓶が全くそこから動いていない。

 女の子が両手に持っているんだから、普通ならば寄ってきた彼女に驚いて引っ込めるなりしそうなものなのに。

 

 そう思ってやっと彼女を視界に入れて、悪い事をしてしまったと後悔した。



 飴の瓶を持っていた彼女は、カチンと固まっていた。

 そんな彼女の視線の先には瓶に被り付かんと見ているクイナに向けられている。


 間違いない。

 この子はクイナが原因で固まってるのだろう。


「あっ、ごっ、ゴメンな? ちょっと驚いちゃったよな?」


 そう言って彼女の顔を覗き込めば、それでやっと彼女は我に返ったようだ。


「はっ! だ、大丈夫です。ちょっとビックリしちゃっただけ、なので……」


 そう言って慌てて笑った彼女は少し気弱な印象の子だったが、受け答えは歳のわりにきちんとしている印象だ。


 「そう? なら良いんだけど……。あ、そうだコレ」


 お詫びを何かと考えて、思い出して出したのは一つの茶色い包みだった。


 中には砂糖がまぶされたドーナツ。

 前の停留所に着いた時に買ったもので、先ほどクイナがペロリと完食したものとまったく同じやつである。


「お詫びに、良かったら」


 ドーナッツ、嫌いだったりしないかな?

 そう尋ねれば、彼女はおずおずと「……良いの?」と俺に聞いてくる。


「あぁもちろん!」

「じゃぁ、あの、ありがとう……!」


 そう言ってはにかんでくれた彼女に俺は、ホッとする。


 後で食べようと思って取っておいたヤツだけど、彼女が喜んでくれてるみたいでちょっと嬉しい。

 そんな風に思っていると、左腕にズンッと軽い鈍痛がやってきた。

 見ればクイナが俺の腕に、頭をグリグリと押し付けている。


「何だどうした」

「クイナも!」

「さっき自分の食べただろ?」

「むぅぅぅぅーっ!」


 グリグリとめり込む頭突きが、何だか地味に痛いんだけど。

 そう思って片やフードを被ったクイナの頭を両手でグイッと遠ざける俺と、まだ俺の腕を自分の頭で掘削するのを諦めていない様子のクイナ。

 俺達の地味な攻防戦が、馬車の中の酷く狭い一角で割と真剣に繰り広げられる。

 


 とはいえ俺は大人でクイナは子供、勝利の女神が俺に微笑むのは当たり前だ。


 結局クイナが先に疲れて、俺の掻いてた胡坐の左側に頭がポテリと落ちてきた。

 お陰で見た目は膝枕を貸している仲良しの図だ、が。


「……おいクイナ。男の膝なんて残念ながら、固くて寝てられないだろー?」

「んぅーっ!」


 俺の指摘はどうやら的を射ていたようで、どうやら彼女はその事実がとても不服なようである。


 まぁそうだろう。

 が、コレばっかりはどうにもならない。


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