第14話 『正義の味方』にクイナもなりたい。
カタコトカタコトと馬車に揺られつつ、ノーラリア方面に向かう馬車に乗っている。
青い空、白い雲。
それだけでも良い日なのだが、クイナの背中がご機嫌なのがもっと良い。
赤いコートに身を包み、途中で立ち寄った街で買ってやったクッキーを両手で持って頬張って。
キツネ尻尾を右にパタン、左にパタンと振り子のようにさせている彼女は、もはや鼻歌混じりになっている。
そうでなくとも小さい女の子がお菓子に夢中というだけで愛嬌は十分なのに、まさに大盤振る舞いである。
が、「ご機嫌すぎるのも問題だなぁ」と俺は苦笑混じりに一人言ちた。
「おーいクイナー? 周りの目も一応気にしろー?」
コートの裾を完全に押し上げて、露わになってしまってる尻尾。
それは、人族以外の入国が禁止されているこの国ではバレてはならない秘密の筈だ。
今は幸い、俺たち以外の同乗者が居ないから良い。
しかしどこでもその意識だと、クイナの正体なんてすぐにバレて面倒事になるだろう。
「そんなんだと、お前のお母さんが言ってた通り、すぐに鍋にされちゃうぞ?」
すっかり自分が忍ばなければならないヤツだという事が頭からすっぽ抜けてしまってる彼女に母の威を借りて注意すれば、耳と尻尾をピヤッと震わせ「ぃやー、なの!」と叫ばれた。
ギュッとフードを被り込みその隙間から薄紫の恨めしそうな抗議が向けられるけど、自業自得なんだから仕方がない。
「ちょっと窮屈だろうけど、それも国境を超えるまでの辛抱だから」
それまで頑張れ。
言いながら、クイナの頭をフードの上からワシワシ撫でる。
それにしても、だ。
クイナとの旅も今日で3日目。
お風呂は連日宿屋でちゃんと入れてやっているんだが、コートの裾からチラリと見える彼女の尻尾には、どこか疲れが見えている。
十分清潔だしモフモフなんだが、この毛のポテンシャルはまだまだ伸び代がある様な気がしてならないのだ。
やり様によってはもうちょっといいモフモフになるんじゃないかなと思うんだけど、合流するまでの食生活が良く無かったのか。
それともヒト用のシャンプーやせっけんが彼女の体に合ってないのか。
前者なら美味しいものを食べさせ続ければやがて改善するんだろうが、後者ならば獣人用のグッズを買わなければどうにもならない。
(獣人用の日用品なんて勿論この国には無いからな……あっちに着いたら買ってやるか)
後はあれだ、櫛が要る。
それで毛並みを梳かしてやって、更にモッフモフでフッワフワな尻尾へと……。
と、そこまで考えた所で、ずっと聞き忘れていた事があったと気付いた。
「なぁクイナ。クイナはなんか『やりたい事』とかって無いのか?」
「やりたい事……?」
「そう、やりたい事」
俺の声に、クイナはコテンと首を傾げる。
「何故そんな事を聞くの?」とでも言いたげだ。
それを見て、初めて「あぁそうか、まだ俺の目下の目標は一度も話していなかったな」と思い出した。
だから少し姿勢を正し、正面から向かい合って彼女に言った。
「俺はな、クイナ。『ずっとやりたくても出来なかった事』っていうのがあるんだ」
「やりたかった……?」
「そう。でももうそれも出来る様になったんだ。だからちょっとずつ、叶えていこうと思ってる」
旅と一緒で、これについても一人よりも二人の方がきっと楽しい。
そういう予感が確かにあるから。
「俺と一緒に居る間は、出来ればクイナにも付き合ってほしいなと思って」
そう言えば、腹に頭突きがお見舞いされてゴフッとなった。
何か不服なのかと思いながら見下ろせば、見上げる顔と一緒に「いいよ!」と声が弾む。
抗議がしたい訳じゃないらしい。
それは嬉しい事だけど、腹は地味に痛み続けてる。
とりあえず今の拍子に脱げてしまったフードを被り直させながら、「じゃぁ俺もお前のやりたい事には付き合ってやるよ」と言う。
「やりたい事、何かあるか?」
俺がそう尋ねれば、彼女はムムムッとちょっと難しそうな顔になった。
一丁前に顎に手を当てるその姿がちょっと微笑ましい。
しかし、そう難しく考える事も無いんだけど。
「ホントに何でも良いんだぞ? 俺なんて1つ目が『寄り合い馬車に乗ること』で、2つ目が『正義の味方』だったんだから。しかも、そんなのがまだあと8つも控えてる」
あえて胸を張ってそう伝えると、見上げる薄紫の目の奥がパァッと一気に華やいだ。
「クイナ、『正義の味方』やりたいの!」
多分今、フードの中では耳がピンッと立ってるんだろう。
フードの高さがさっきまでよりちょっと上がって、もっこりなってる。
「そっかー、じゃぁ今度また一緒にやるか」
そう言えば、クイナはすぐさま「うん、やるの!」と返事をしてきた。
その際『座ったままジャンプする』という何とも器用な芸当を披露してくれたので、思わず「一体どうやったらそんな事ができるんだ」と聞いてしまった。
すると彼女はコテンと小首を傾げてしまう。
どうやら無意識だったらしい。
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