番外編 『引っ越し』

番外編 その① 引っ越し祝いに来た商人



 俺とクイナが引っ越す事を知っているのは『天使のゆりかご』のマリアとズイード、『ダンリルディー商会』のダンノとメルティー、そして冒険者ギルドの受付嬢・ミランである。


 マリアとズイードは当たり前だが、ダンノには新しく住む物件を見繕ってもらった事が理由で、ミランにはギルドに薬草とスライムの魔石を持ち込んだ際にウキウキ状態のクイナがペロッと話してしまった事が原因で、それぞれ知っていたのである。


 お陰で出先にマリアとズイードからプリンを持たされただけじゃなく、その後ダンノがわざわざ家まで引っ越し祝いを持ってきた。


「いやいやいや、既にかなり安い家を斡旋してもらったのに」


 そう言って、両手で抱える程の大きさの竹籠を「貰い過ぎだ」と事態しようとしたところで、クイナがこちらに気付いてしまう。


「アルドー!」

「ふんぐっ」


 変な声が出ちゃったのは、クイナの突撃が良い感じで膝の裏にヒットしたせいで危うくカックンされそうになったからだ。

 ダンノの目の前で崩れ落ちる無様を晒さなかった俺を、どうか誰か褒めてほしい。


「あぁいやこれは――」

「なんかいい匂いがするのー!」


 誤魔化そうとしたところで、クイナは徐に鼻をクンクンさせてくる。


 今の今までお前はメルティーとの再会に両手を繋いで字の如くぴょんぴょん飛び跳ねてただろうに、なんでこう美味しそうなものの気配を察するのが上手いんだろうか。


 食い意地がはってるからか、それとも鼻の利く獣人だからか。

 ……いやぁー、前者が殆どの要因な気がするよなぁ。

 そう思いつつ思わず苦笑を浮かべていると、ダンノがニコッと微笑んだ。


 これはアレだ。

 彼が商店で客を相手にする時の顔によく似ている。


 そう気が付いた時には既に遅かった。

 その場にしゃがみ込み子供達と目線を同じくした彼は、籠の中身を見えるようにして口を開く。


「新居だからね、2人に『おめでとう』のお祝いだよ」

「お祝い?」

「そう。全部フルーツでね、こっちはメロン、これがナシ。ブドウにモモにイチジクも」


 ダンノがそう説明すると、クイナはそれらをしげしげと眺めた後でコテンと首を傾げて見せた。


「美味しい……の?」

「うん、とても甘いよ」


 甘いという言葉を聞いて、クイナの耳と尻尾がピピンッと伸びる。

 クイナが見事に篭絡された。


 それを認めたからだろう。

 ダンノがこちらを見上げて告げる。


「まぁここまで持って来て持って帰らせるのも、こちらの立つ瀬がないというものですよ」

「ダンノさん……」


 今この人、間違いなく外堀から埋めてきただろ。

 商売人の顔で微笑む彼に、ほんの一瞬「意外とこの人大人げないな」なんて思ってしまう。

 思わずジト目になってしまったが、元々善意の申し出だ。

 結局勝ち目を失って、ため息交じりに「ありがとうございます」と言葉を返した。


「ダンノさんには借りばっかりが積みあがる……」


 さながら負債の様だなぁ、なんて思えば苦笑も漏れる。

 すると彼はこう言った。


「先行投資というヤツです」

「投資? 俺がダンノさんに何か返せる当てがあると?」


 正直言って、旅費に宿代に教会へのお布施。

 それに加えてこの家である。

 旅費2か月分ほどの値段で買えた古いボロ屋だと言ったって、出費はそれなりに嵩んでいる。

 

 冒険者として得られる報酬も、クイナ連れで出来る仕事だ。

 それほど多い訳じゃない。

 そろそろ一つ大きな仕事をしてみようと思ってるような状態だ。


 そんな俺に、一体何を期待するのか。


「私はね、これでも見る目はある方だと自負しています」

「言いますね」

「そりゃぁ、商売道具のようなものですからね」


 そう言って笑うダンノを見て、「この人も商人なんだなぁ」なんて改めて思う。

 

 世の中には商人を「金汚い」とか「人でなし」などと呼ぶ人が居る。

 実際に、王城に居た時にはアルドの耳にもよく聞こえていた声だ。

 そしてそれは確かに、利益を一つの物差しにする彼らの一面なんだろうとも思う。


 だけど、だからといってアルドが彼らを嫌いかというと、全くそうは思わない。



 結局のところ、彼らも職業人なのだ。

 そう思えば、自分がかつて国の為に奔走していた時と一体何が違うというんだろう。

 そんな風にさえ思う。


「頑張らなきゃぁ、いけませんね」


 結局彼が一体俺に何を期待してるのか。

 それは未だに分からないままだが、思いの外期待されているらしい事が分かれば、相手は恩のある人だ。

 可能な限り、報いたい。

 

 するとダンノは商人の笑みから顔を崩し、好々爺のような顔で「えぇよろしくお願いします」と答えてきた。



 と、グイッと服を下へと引かれた。

 見ればクイナが不満顔で、こちらを睨み上げている。


「どした、クイナ」

「フルーツみんなで早く食べるのーっ!」

「あー、はいはい」


 お預けを食らっていたクイナにおざなりな返事をしながらダンノに視線を戻せば、彼が竹籠を渡してくれた。

 ズッシリした重さが腕にのしかかる中、とりあえずダンノとメルティーを中へと招く。


「あぁそうだアルドさん、魔法でどう改築したのか。宜しければ後で見せてくださいませんか?」

「えぇそれは勿論良いですが」

「ありがとうございます。いやね、どんなふうにリフォーム出来るのか知っていれば、古い空き家も今後売り込みやすくなると思いまして」


 なるほど。

 今回俺にしてくれたように、彼の商いは土地や家の売買にまで及んでいる。

 そういう参考になるんだろう。

 本当に商魂たくましい。



~~番外編 その①Fin.



―――――


番外編のその②以降の情報については、近況ノートに少しだけ綴っております。

気になった方は、こちらからどうぞ。

 ↓ ↓ ↓

https://kakuyomu.jp/users/yasaibatake/news/16816927860458670844

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