番外編 その② クイナの女子力モッフモフ (前編)
冒険者ギルドに顔を出すと、今日も受け付け席にはミランの姿があった。
「こんにちは」
「あ、アルドさんこんにちは。もうお引越しは終わったんですか?」
「えぇまぁ前もって大きな家具は運び入れていましたしね」
「あぁそうか、ほぼ新調したんでしたね」
そう言われて思わず苦笑いする。
彼女の言う事は至極その通りであり、そのせいで今の俺の懐はすっからかんに近くなっている。
住む部屋は確保したし、光熱費云々も魔法が使えるから必要無い為毎日薬草とスライム狩りをしてくれば、その日の食料に困る事は無い。
が、流石にそろそろ大きな稼ぎが一つ欲しい所である。
「クイナに危なくなくて割のよさそうな仕事とかってあるかな?」
「うーん……どうしても危険度と報酬は比例する傾向にありますからねぇ。でもちょっと探しておきます」
「ありがとうございます」
今日も薬草採集とスライム狩りのクエスト受注手続きを取ってもらいつつそんな話をしていると、ミランが「それで」と口を開いた。
「良かったらこれ、貰ってください。お引越し祝いです」
「えっ」
引っ越しを伝えたのは完全にクイナによる不可抗力だし、そんなものを貰うつもりなんて無かった。
申し訳ない気持ちが腹の底から這いあがって来る中で、彼女は「そんなに高いものじゃないんですけど」と言いつつ何かをコトリとカウンターの上に置いた。
見れば、ポーションよりは一回り大きな瓶が一つ。
淡いピンク色をしていて、中でオレンジ色の液体が小さくタプンッと揺れている。
瓶の蓋はダイアのような形をしていて、首の所にはリボンまで付いていて、実に乙女チックな見た目だ。
「実はコレ、獣人用のシャンプーでですね。これで洗うと毛並みがもれなくフッワフワに」
「フワフワ……」
「いえいえ、フッワフワに」
そう言われて思わず瓶から視線を上げれば、真面目な顔のミランが居る。
言い直したのは、どうやらボケでは無いらしい。
が、という事は。
「そ、そんなにフッワフワに……」
「フッワフワな毛並みは獣人にとっては素敵なおしゃれ。女の子にとっては女子力を磨く大切なファクターでもありますから」
そう言われ、確かに俺は獣人のオシャレになんて今まで、一度も配慮した事が無かったと気が付いた。
少なくとも当分は、クイナと一緒に生きると決めた。
ならば俺の気が回らない所に気付いて教えてくれる人は、大切にしなければ。
そんな風に思うと同時に目の前の誘惑と葛藤する。
未だに「引っ越し祝いなんて申し訳ない」という気持ちは残っている。
しかし、それよりも。
「どちらにしろ私はほぼ獣人的な特徴が無いですから、返されても使えません。ぜひ試してみてください」
「い、良いんですか?」
「はい」
「じゃぁ、お言葉に甘えて……」
結局俺は「フッワフワ」の誘惑に負けた。
こうして俺のマジックバッグには、可愛らしい瓶が一つ入れられたのだった。
***
今日も今日とて平和な薬草採集とスライム狩りを済ませ、引っ越し後初めて『天使のゆりかご』で夕食を食べて。
お腹一杯で大満足のクイナを前に、真面目な顔で俺は告げる。
「クイナ、お前はこれからモッフモフになる」
「モフモフ?」
「違う。モッフモフだ」
「モッフモフ?」
「そう、モッフモフ」
ミランの精神に則って彼女にそう飲み込ませ、俺は「よし」と頷いた。
そして。
「じゃぁモッフモフになるぞぉ!」
「おー! なのっ!!」
という訳で、俺は両腕を肩までまくりながらクイナとお風呂場に行く。
お風呂場は、こういう事もあろうかと人二人が洗い場に入っても余裕がある。
「クイナー、耳と尻尾を洗うから先にお湯で洗っておいて」
「はいなの!」
元気よく返事をした彼女はさっさと服を脱いでワンピース調の赤の布を頭の上から被ると、裸足でペタペタと洗い場を歩く。
この服は、一応子供が外で水遊びをする時に着る代物だ。
妙なところが見えてしまうような事も無く、獣人用なので尻尾穴もちゃんとあるという優れもの。
俺としてはかなりありがたく、引っ越しにあたって新しく買ったものの内の一つである。
バッグから瓶を出すと、オレンジ色の液がまたタプンッと揺れた。
少し力を込めて蓋を開けるとふわりとミルクのような甘い香りが俺の鼻孔を擽ってくる。
――なるほど、確かに女の子向き。
そんな事を考えながら、俺も裸足になりズボンを脛の半分までまくり上げていると、前方からシャァーッという音が聞こえる。
このお風呂には魔力を流すとお湯が出る、魔石が設置されている。
元々魔力制御それ自体は、初歩段階をクリアしつつあるクイナだ。
使い始めて3日目ともなれば、要領だって得てくるだろう。
お陰で俺の言いつけ通り、音が止まるとちゃんとモフモフの耳も尻尾もひたひたに濡らしたクイナがそこに居た。
ペタペタと歩いて行くと、浴室内に常備している木の椅子に彼女が座る。
少し細くなった尻尾が俺の前でふよんと揺れて、薄紫の好奇心に満ちた瞳と目が合った。
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