番外編 その② クイナの女子力モッフモフ (後編)



「ミランさんに聞いたんだけど、獣人にとって耳や尻尾をフッワフワにするのは立派なオシャレなんだってさ」

「オシャレ!」


 耳がピピンッと立った様子を見る限り、喜んでいるんだろう。

 

「という事で、さぁやるぞー」


 そう言いながら左の手のひらをお椀状に丸め、瓶の口を傾けた。

 するとそこにトローッと、レモン色の液体が流れてくる。

 オレンジ色に見えたけどそっか瓶の色でそう見えたのか、なんて思っていると、クイナに「お願いしますなのー!」と言われた。


 任せとけ。

 そんな気持ちで手のひらの液体を泡立てて、まずは頭を洗い出す。


 ミランに聞いたところ、獣人にとっての『毛並み』には髪の毛も含まれるらしい。

 


 人の髪の毛を洗ってやる事なんて今まで無かった俺だけど、気が付けばもう慣れてきている自分が居た。


 王城に居た頃は、むしろ逆に入浴を補助される立場だった。

 成長し騎士団に混じって練習するようになってそちらの常識を知ってからは自分でするようになったが、それまでは人に頭や体を洗ってもらうのも拭いてもらうのも普通の事だと思っていた。


 多分だけど、騎士に混じって訓練していた俺を見て「あんな汗臭い連中に囲まれて」などと揶揄していた弟のグリントは、今でもきっとそちらの常識にとらわれ続けてるんじゃないだろうか。


 そんな事を頭の端っこで考えながら、クイナの頭をワシャワシャもくもく泡立てながら「痒いところはありませんかー?」なんて聞く。


 自分も昔やってもらっていた頃には、そんな事を言われていた。

 流石に口調はもうちょっと畏まっていたが、それ以外は実に懐かしい言葉である。


「もうちょっと右なのー」

「ん? こっちか?」

「逆なの!」

「こっちは左だぞ?」

「クイナから見て左なの!!」

「今俺達は、同じ方向を向いている。お前にとっての右は俺にとっても右だ」


 残念だったな、と軽口を叩けばクイナがムーッと悔しそうにしている様な気配があった。

 思わず笑ってしまいながら頭をモクモク泡立てる。


 ケモノ耳の先っちょまできちんと泡でなぞると、耳がピコピコ動いて泡をピンッと飛ばしてしまう。

 

「ぶっ! ちょっ、クイナ耳、大人しく!」


 鼻の頭と頬っぺたにそれぞれ見事に着地してきたので、すぐに意義を申し立てる。

 と、クルッと振り返ったクイナは俺の顔を見て笑った。


「あははははっ、アルド鼻の上にモクモクお髭が付いてるの!」

「そんな所に髭なんて生えませんー」

「わわわわわっ!」


 二の腕で拭って頭を乱暴にかき回してやり返すと、クイナがキャッキャと笑い出す。

 楽しそうでなによりだけど、とりあえずこれで頭の方は終わり。


 次は尻尾の方である。


 幾らかボリュームが減った尻尾に、シャンプーをまた追加して濡れ尻尾をモフるように泡立てる。

 乾いた尻尾ほどモフモフ度は無いけれど、これはこれで何とも言えない触り心地。

 髪の毛よりボリューミーで、指の間をスルンと抜ける感覚がちょっと面白い。


 金色の毛並みが白い泡に埋もれつつあるのを見つつ一人密かにその感覚を楽しんでると。


「ふふふふっ」

「ん? 何だ、どうした?」

「くすぐったいの」


 尻尾にも感覚があるって事は知ってたけど、ふーんそうか。

 この力の入れ具合でくすぐったいのか。

 

 そんな小さな発見をしつつ「我慢しろ。ちゃっちゃと済ませるから」と言えば、「ん~、我慢するの」と言いつつクイナは何かに耐えるように目をきつく瞑った。


 こうして俺は尻尾も入念に洗い、あとはクイナに任せて浴室を出る。

 そしてやがてお風呂から上がってきたクイナの髪と耳と尻尾をすべて、魔法で作った熱風でふんわりと乾かして……。


「出来たのぉーっ!」


 自分で尻尾を見、耳を探るように確認した後。

 スクッと立ち上がって腰に手を当てて、クイナは顔だけこちらを振り返りエッヘンと胸を張ってみせた。


 「出来たのぉーっ!」ってお前、仕上げたのはほぼ俺だけど……。

 なんて言葉は飲み込み、俺も「おぉー」と拍手する。


 

 しかしコレ、お世辞を抜きにしても目で見てわかるくらい顕著な変化がある。


 確か『天使の輪っか』って言うんだっけか。

 髪も尻尾もつやが出て、部屋の電気を反射して光の環っかが出来ている。

 なるほど確かに、これは魅力が上がったかもしれない。

 

 何というか、今まであったモフモフへの欲求に加えツルサラも味わえそうなこの一石二鳥。

 かなりモフりたい欲を掻き立てられる。


「ねぇねぇクイナさん」


 ちょっと勇気を出しておねだりを試みてみると、クイナは待ってましたと言わんばかりの笑顔になって、その後すぐにわざとらしくムンッと口を引き結ぶ。


「……仕方がないの。明日はプリン、二つなの」


 ふーん、なるほど。

 どうやら交換条件という事らしい。

 が、多分触ってみてほしいっていう気持ちもあるんだろう。

 口元で『仕方がない感』を演出するのはかなり無理があるように見える。


 そんなクイナに「分かった、明日だけな」と言いつつ、その分のスライムおやつは量をコッソリ減らすとするかと俺は密かに考えた。



 こうして俺は、魅惑のモフモフを味わう事に相成った。


 そしてミランに心の底から感謝する。

 確かにそれはフッワフワで、魅惑のモッフモフな上にツルサラ最高な触り心地だった。


 それは翌日、いつもなら夜中のトイレに行った帰りに寝ぼけて俺のベッドに潜り込み、朝起きれば必ず俺の腕を抱き枕にしているクイナが、その日の朝は自分の尻尾を抱き枕にしていたくらいに凄かった。


 ミランには、このシャンプーが売ってる場所を今度聞いてみようと思う。

 



~~番外編 その②Fin.


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