番外編 その③ 熾烈なベッド決定戦(前編)
うちの新居の寝室には、一人用のベッドが二つ鎮座している。
いたって普通のベッドである。
特に飾りなども無く、シンプルで頑丈で実用的なものである。
が、この形態を選ぶに至るまで、俺とクイナの間ではかなりの紆余曲折があったのだ。
それはもう、壮絶な戦いが。
その日、俺達はダンリルディー紹介から紹介された凄腕の家具職人のお店に来ていた。
ベッドも魔法で作ろうと思えば作れるが、やはり本職の職人には敵わない。
長い間使うものだし、体は冒険者の資本でもある。
そういう訳で、俺達はベッドのコーナーに来ていた訳だったのだが……。
「むーっ、なの」
とあるベッドの前に座り込み、顎だけを乗せ唸っているクイナが居た。
「おいクイナ、こればっかりは聞き分けろー?」
「無理なの!」
「無理じゃない」
即答で拒否するあたり、相当気に入ってしまったんだろう。
が、流石にコレはいただけない。
「でもなぁクイナ。流石に寝室に、このでっかくて真っ赤な天蓋付きのベッドは無い!」
「えーっ?!」
寝室にこんなの置くとか、目がチカチカして堪らない。
「っていうか、寝室はそもそもお前が涙目で『アルドと一緒なのーっ!』って言うから、空き部屋あるのに一緒にする事にしたんだろうが。ならせめて俺の目に優しい色にして」
「でもアルド、意地悪なの! さっきもクイナの『推しベッド』を却下したの!」
「何だよ『推しベッド』って。一体どこでそんな言葉を学んでくるんだ」
「教会なの!」
「何で教会……」
いやまぁ確かに、初教会のあの日から「遊びに行くの!」というクイナを連れて5日に1度は教会に顔を見せに行ってる訳だけど、教えてくれたそいつらは一体どこでその言葉を知ったのか。
そう思えば呆れるが、クイナにとってはメルティー以外では初めての同年代の友人たちだ。
「……まぁ仲良くしてるんなら良いんだけどさ」
喧嘩したりのけ者にされたりするよりは良い。
そう思いつつ、苦笑する。
ともあれ、だ。
クイナの主張はどうやら「アルドは何でも却下する」のようである。
が、ちょっとは考えていただきたい。
「そんな事言ったってお前なぁー、最初に『これが良い!』って指さしたのはアレだったろ?」
そう言いながら指した指の先にあるのは、でかいベッド。
王城に居た時に使っていたくらいの大きさのベッドだが、どうやら二人用の規格らしい。
「そうなの! あれだけ大きければ幾らゴロゴロしても落ちないの! 二人で転がれば楽しいの!!」
目をキラキラと輝かせてそう言った彼女は、もしかしたらゴロゴロしまくる夢でも心に秘めていたりするんだろうか。
「却下だよ」
「えー?!」
「えーじゃない。二人サイズにしたってあんな大きさ要らないだろ? あと二人で一つのベッドはダメ」
そもそも二人寝に慣れていない俺が寝れる筈が無いし、クイナだって今こそ一人で寝るのが寂しいみたいだけどいずれは一人部屋を持つだろう。
年頃なんだし同年代の友達も増えた。
これからコイツは視野も広がり、すぐに独り立ちするだろう。
子供の成長速度なんて分からないが、クイナは今8歳。
2年もすれば、貴族ならば社交界デビュー。
大人の仲間入りをする歳だ。
「いざ俺離れの時が来て『ベッド真っ二つに切り分けないといけなくなる』とか嫌だからな」
せっかく既製品を買うんだから、可能な限り原形のまま使っていきたいと思うのは道理だろう。
するとクイナは「ムーッ」と頬を膨らませる。
「でもアルド、他のも却下してきたの!」
「だってそうだろ? お前が次に選んだのって……」
「このワイルドボアのベッドなの!」
そう、次にクイナが選んだのは、ワイルドボアの毛皮でベッドをコーティングした代物だ。
ベッドフレームはフッサフサ。
が、問題はそこじゃない。
「このベッドの側面にニョキッと出てる、ワイルドボアの牙」
「うんなの! これがカッコいいの!」
そう言って、耳をピピーンとさせている。
かなり嬉しそうに語っているが……。
「ダメだ」
「えーっ?!」
「えーじゃない。危ない」
問題は、クイナが気に入っているその牙だ。
先端は一応やすりを掛けてるようだが、夜中にベッドの横をすり抜ける時にうっかりぶつかったり引っかけたりしたらどうするのか。
こんなにニョキッと出てたら危ない。
その部分をへし折ったらまぁアリだけど、正にお気に入りポイントみたいだからアウトである。
「その次に選んだのは、確かこのブラックホースのベッドだったか」
「うんなの! これは下のお布団部分が全部馬さんの皮で可愛いの!」
尻尾フリフリしながらこれまた、嬉しそうにプレゼンしてくる。
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