第30話 ダンノは意外と気難しい?



 うーん、どうしよう美味しい。

 「美味しい」以外に形容できないこの美味さ。

 自分の言葉知らずが心底悔しいなんて、生まれて初めて思ってしまった。


 しかし嬉しいのは、何も味だけじゃない。


(温かい。なのに火傷するほど熱くも無い。何という絶妙な温かさ……!)


 湯気はほんのりと上がっているのに火傷する程じゃない。

 お陰でガツガツと食べられるのがまた嬉しい。



 クイナがバクバクとステーキを食べている隣で俺も、ガツガツと唐揚げを食べる。


 と、不意に視線を感じた気がして、手を止めて顔を上げる。

 とそこにはズイードが立っていた。


 これはズイードが作ったものだ。

 コック姿にそう思い出し、俺は心からの感想を口にする。


「ほいひいです、ふいーほはん。ひはふふひへほ、ほへはほほひょうひひへあふぁへへふえははひひはんひゃひへひたい!(美味しいです、グイードさん。今すぐにでも、俺はこの料理に出会わせてくれた神に感謝してきたい!)」

「ごめん、流石に何言ってるか分からないかな……?」


 苦笑しながらそう言われ、恥ずかしさ半分に慌てて口内を咀嚼し切る。

 そしてもう一度、彼に同じ言葉を伝えた。

 すると「大げさだなぁ」と言いながら、どこか擽ったそうな笑顔を浮かべる。


「まぁでも喜んでくれて嬉しいよ」

「本当に、ここに泊まれる事になって良かった。ダンノさんには、また改めてお礼を言っておかないとなぁ」


 そう言いながら付け合わせに頼んだサラダの皿へと手を伸ばしたところで「ダンノさん?」と聞き返される。


「もしかして、ダンノさんの紹介でここに?」

「えぇ、たまたま馬車でご一緒して。俺が『土地勘も頼れる相手も無いんです』って言ったらこの宿を紹介してくれたんですよ」


 優しい方ですよね、ダンノさん。

 そう続けると、彼は「ほう」とツルンとした顎を撫でた。


「へぇ珍しい。普段は彼、ただの行きづりにそんなおせっかいなんて絶対に焼いたりしないのに」

「え、そう……なんですか?」


 そんなイメージは全く無い。


 俺にとっての彼のイメージは、『親切で紳士な人』である。

 だからてっきり出会う人々全員に、色々と紹介とかをしてあげているんだと思っていた。

 しかし彼の口調を聞く限り、どうやらそうじゃないらしい。


 何故だろう。

 そう思ってちょっと考え、一つ思い出した。


「あぁでももしかしたら、クイナが居たからかもしれませんね。メルティーと同年代だし、とっても仲良くなってたから」


 なんて言ってもダンノさん、「商談よりも娘の初経験の方が大事だ」と言い切ったくらいだし。

 そう答えると「へぇ、引っ込み思案なあの子がねぇー……」という、実に感慨深そうな声が返ってくる。


 が、それはきっとメルティーが良い子だったからと。


「クイナがこの様子ですからねぇー」


 そう言いながら、俺は隣のクイナを見遣る。

 すると彼女は、先程来たばかりのこの宿・この食堂で実に楽しそうにステーキをフォークで刺しては食べ、刺しては食べ。

 見慣れぬ場所に緊張も不安も、全くと言っていいほど抱いている様子はない。


 実に物怖じせず、マイペースな子だ。



 そう思いながら感心半分呆れ半分で見ていると、やっと俺達の視線に気付いたらしい。

 顔を上げて「……ぅん?」と首を傾げてきくる。


「いや、クイナがメルティーと仲良しなんだよっていう話」


 簡単にそう教えてやれば、クイナは「メルティー」とう単語に多分反応したんだろう。


「っ! クイナねっ、クイナねっ! メルティーと仲良しでねっ!」

「あーはいはい、分かったから食べるのに集中しなさい」


 鼻息粗くメルティーを語ろうとするクイナを「どうどう」と押さえつつ、食事の続きを促した。

 すると彼女は、まだ肉が残っていたからか。

 素直にお皿に向き直って、またモリモリと食べ始める。


 実に見事な食べっぷりだ。



 ふと周りに視線を向ければ、どうやらクイナは良い意味で周りの見知らぬ客たちの目を引ているようだ。

 特に悪意や害意や執拗な好意がある訳じゃないから、おそらく可愛い女の子がご機嫌に食事している様を、微笑ましい気持ちと共に酒のつまみにしてるんだろう。


「おい娘っ子。そんなにソレ、美味しいのか?」


 徐に、ドワーフのおじさんが聞いてきた。

 するとクイナは頬袋をパンパンに膨らませたまま、ちょっとモゴモゴとした声で「うん! すっごくすっごく美味しいの!」声を弾ませた。

 

 すると相手の酔っ払いも、愉快そうにガハガハ笑う。

 そしてビールジョッキを大きく呷り「おかわりぃー!」と声を上げた。

 こちらもかなりの上機嫌だ。


 それを見て、俺は思う。


 やっぱりコイツ、ちょっと危機意識が足りない……が、まぁこういう所がクイナの長所でもあるんだろうなぁーって。

 なんというかこう『愛される素質』みたいなのが、クイナにはあるような気がする。


 まぁそう思うのはもしかしたら、相手に無条件で好意を抱いてもらう事の難しさをつくづく思い知らされてきたからなのかもしれない。

 


 口の横に付いてるステーキソースを、おしぼりでグイッと拭ってやる。

 と、そのついでに気が付いて俺は一つ釘を刺した。

 

「っていうかクイナ。肉が美味いのは分かったけどな、他のもちゃんと全部食べろよ?」


 その声に、クイナは何故かキョトンとした。

 そして小首を傾げてから言う。


「え? クイナお野菜は要らないよ?」


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