第31話 クイナの頬っぺた大惨事



 実に純粋な瞳で彼女は平然と、そんな事を言っている。

 が、その言葉は了承できない。


「『要らないよ?』じゃないわちゃんと食べろ。こういうのはバランスっていうのが大事なんだよ!」

「えーっ?!」

「えーじゃない」


 凄い抗議を向けてくる彼女に、俺は「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」と諭す。


 すると流石にそれは嫌なのか。

 ぶーたれた顔でクイナはサラダ皿を手に取った。



 皿には幾つかの葉野菜にトマトにキュウリ、千切りにしたニンジンなんかも乗っている。

 見た目もとても楽しいサラダだ。

 なのに困った目を向けてくるクイナは、やっぱり食べたくないんだろう。


 が、ここは心を鬼にして頑張らせねばならない。

 クイナの健康に直結するし。

 


 「食べなさい」と目でもう一度促すと、ついにクイナも腹を括ったようだった。

 意を決した様子でギュッと目を瞑ったかと思うと、サラダを一気に口内へと掻き込んでモッシャリモッシャリと咀嚼する。


 とっても苦そうで嫌そうだ。

 せめてものフォローに付け合わせで頼んでたスープを指さしてやれば、両手でバッとそれを取り、一気に奥へと流し込む。



 全てを飲み干した後、クイナは「うへぇー」と舌を出した。

 ちょっと涙目な彼女の頭に俺は手を伸ばす。


「おー、食えたな。よくやった」


 しかしそうやってあやしても、クイナはまだ苦そうな顔でウーッと小さく唸っている。

 しかしこれは正直言って、好きな物を先に完食してしまったクイナが悪い。


 少なくとも口直し用の肉くらいは、残しておくべきだったんだ。



 俺の唐揚げも完食してしまった後なので、残念ながら助けてやれない。

 せめて水でもと俺のコップをクイナの前の置いたところで、グイードが「クイナちゃん」と声を掛けてきた。

 見てみれば、カウンターのすぐ向こうに優し気に微笑むグイードが居る。


「クイナちゃん、甘いものは好きかな?」

「うんっ、大好きなの!」

「そうか、じゃぁご褒美にプリンを持ってきてあげよう」


 頑張ったクイナちゃんにプレゼントだ。

 そう言われ、クイナの顔がパァッと輝く。


「良いのっ?」

「いいよ」

「やったのぉー!」


 俺の隣で「ぃよっしゃぁぁぁ!」と言わんばかりに両手をグーにして上げた彼女の喜びようったら半端ない。


「すみません、後でお金は払いますから」


 俺がそう言えば、グイードは後ろ手に手を振りながら「好意は素直に受けとっとくものだよ」と言われてしまう。

 きっと「おごりだ」と言いたいんだろう。


 顔色を見ると、本気でそう思ってくれているらしい。

 今ここで彼の好意を固辞する事は簡単だけど、この手の顔をしている相手に遠慮するのは却って失礼になってしまうと経験則で知っている。


 だから結局「ありがとうございます」と言って、今回は甘えさせてもらう事にした。



 クイナの嫌がり様と苦しみ様と喜び様は、きっと目立っていたんだろう。

 周りからは「頑張ったもんな!」とか「偉いぞ嬢ちゃん!」なんていう声が、口々にクイナを囃し立てる。

 またクイナを生暖かい目で見つめる大人の数が増えた。


 そんな中、運ばれたプリンを食べたクイナはというと。


「……アルド、大変なの」

「どうした、いきなりそんな真顔で」


 神妙な顔で俺の方を見た彼女に俺は、思わず眉をひそめてしまった。

 だってそうだろう。

 甘党の筈のクイナがプリンを喜ばない筈は無いのに、食べる手は先ほどの一口目で止まってしまっているのだから。


 どうしたんだ。

 そう思っている俺に言う。


「頬っぺた……落ちちゃったの」

「落ちてない落ちてない」


 思わず手で「いやいや」としながら答えると、彼女は再びプリンに向き直りまた一口二口とプリンを口に運び始める。


「クイナ、このプリンを一日一個食べないと、禁断症状になっちゃうの……!」

「つまりそのくらい気に入ったって事なんだな?」


 手の回り具合がすこぶる速い。

 プリンが減る量も速ければ、モグモグする速度も速い。


 モグモグしているだけなのか頷いているのかさえ分かりにくいが、その食べっぷりから俺の指摘は正しいだろうと辺りを付ける。

 


 結果的に、その予想は正解だった。

 これ以降、クイナに毎食後必ずプリンを所望される事になる事は言うまでもない。


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