第29話 ちょっと誰か俺の語彙力もってこい。



 まぁとりあえず肉の種類はクイナに選ばせて、別でサラダを頼んで食べさせよう。

 じゃないと、間違いなく栄養源が偏っちゃうから。


「うーん、オーク肉はさっき食べたからな。あとはトカゲ肉とミノ肉……」

「ミノ肉なの!」

「了解。じゃぁマリアさん、ミノ肉のステーキとトカゲ肉のから揚げと、それからパンとサラダとスープをそれぞれ二つずつ」

「かしこまりました!」


 彼女はそう言うと、一度注文を奥に伝えてすぐに戻ってきた。

 ちょっと覗けば隙間からズイードがちょっとだけ見える。

 多分今、彼に言ってきたんだろう。

 

「あ、ところでマリアさん。ここでは共通通貨や共通語が主流なんですか?」

「え、あーそうですね。この国は他種族国家だし、共通語を使うのが誰にとっても一番平等で分かり易いですから」


 その答えに、俺は「やっぱりそうなのか」と独り言ちた。



 先ほどの屋台でも、店の男は俺の「共通通貨は使えるか」という問いに「勿論!」と即答してきた。

 この宿屋の料金も、何も聞かずに共通通貨を出したら当たり前のように受け取ってくれたし、今だって共通語のメニューが出てきたのだ。

 その辺の事情を想像するには十分である。


 が、おかしい。


(俺の記憶が確かなら、ノーラリア国にはこの国独自の言葉や通貨が存在した筈なのに)


 忘れもしない。

 この国との社交がかなり面倒だった事は。


 普通他国との社交では、どの国の王族・貴族も共通語を話す。

 しかしこの国の王族は頑なにそれを拒んで独自言語を使ってたし、金銭のやり取りも独自通貨での取引しか許してはくれなかった。

 

 が、蓋を開ければこの通り。

 そんな俺の中の常識と目の前の現実に、俺の頭は混乱する。



 と、俺の言葉にマリアさんが少し驚いたような顔をした。

 何だろうと思っていると、彼女が口元に手を当てて小声で俺に聞いてくる。


「アルドさんってもしかして、我が国の上層部に関わりがある方なのですか?」

「えっ?!」


 まさかそんな事を言われると思っておらず、俺は思わず声を上げた。

 ある意味図星だったから。


 俺が驚き顔を披露すると、どうやら彼女は「詮索されたくないが故」だと思ったらしい。

 まずは「すみません、探るような事を聞いてしまって」と謝罪した後で更に声を潜めて言った。


「しかしもしそのあたりの過去を隠したいのでしたら、そういうお話はあまりしない方が良いかもしれませんよ?」


 と。



 一体どういう意味なのか。

 そう思って首を傾げた俺だったが、理由はすぐに氷解した。


「実はこの国で独自語や独自通貨を使うのって『外交でだけ』なんですよ」


 そう言ってくれた彼女によって。


「え、そうなんですか?」

「えぇ。だって非効率でしょう? さっき言った通りここは多種族国家、それぞれに異なる言葉と文化を持つ人たちの集まる場所なんですよ? なのにそんな協調性の無い事をしちゃってたら、今頃はあちこちで喧嘩が勃発しまくりですよ。意思疎通不足が原因で」


 言われてみればその通りだ。

 が。


「じゃぁ何でこの国はそんな面倒な事を外交で……?」


 思わずそう呟けば、彼女は少し周りを気にしてからその答えを口にする。


「それは勿論、『相手の優位に立ちたいから』です」

「……は?」

「この国とやり取りをする時は、先方はいつもこちらに合わせないといけなくなる。その『させている』に優越感を抱く事が出来る……という役人の自尊心。そう、政府関連の常連さんが言ってました」

「えー、アホらしい」


 思わず口からついて出た言葉に、マリアはまたフフッと笑う。


「その通りだと私も思います」

「――出来たよ」


 そんな風に声を掛けられて視線を向けると、先ほど会った男の人・店主のズイードが奥から歩いてくる。

 そして手に持っていたお盆を、俺とクイナの前へとそれぞれ置いてくれた。



 ふんわりと、良い匂いが立ち込める。


 見た感じやはり調味料の多用は無いように見えるが、それでもこんなに食欲をそそる香りを発しているんだから今にもお腹が鳴りそうで――。


 グゥー。


「……」

「……クイナじゃないよ?」

「何でそこで隠すんだよ」


 お腹鳴っても別に良いじゃん。

 そう言うと、彼女はムゥーッと頬を膨らませて俺の腕をペシペシ叩く。


「痛い痛い、もういいから早く食え」


 未だにジューッという音を立てている小さな鉄板の上の肉を指さして「冷めるぞ」と言ってやると、不服顔ではあったものの流石にソレは嫌だったんだろう。

 俺への攻撃が止み、隣ではクイナがいそいそと姿勢を正す。

 そして。


「いっただっきまーす!」


 高らかにそう言って、ステーキ肉をフォークに刺した。


 どうやらクイナのプレートは、お肉を子供の一口サイズに切ってくれている様だ。

 お陰で彼女の小さな口に、肉は一口で収まる。


「ん~! 美味しいのー」


 ほっぺたを両手で支えてモグモグしている彼女の顔は、今まで見た事も無いようなうっとり顔だ。

 これはよっぽど美味しいらしい。


 考えてみれば、周りの客たちだってわざわざこの宿屋に来てご飯を食べているのだ。

 それだけ味には定評があるという事なんだろう。

 

(……まぁそれにしても、ちょっと大げさだとは思うけど)


 クイナのオーバーリアクションに小さくそう苦笑しながら、俺もから揚げを口に含んだ。

 そして大きく目を見開く。



 パリっと上がった衣、噛んだ途端に染み出る肉汁。

 臭みが無く柔らかい肉は、咀嚼する度に旨味を口内に染み出させて――。


「~っ!!」


 ちょっと誰か、俺の語彙力もってこい。


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