第28話 繁盛食堂とご機嫌クイナ



 階段を降りた所で早々にマリアと会った。


 ちょうど気付いた彼女のからの誘導を得て、俺は受付カウンターがある広間を抜けてその奥の部屋へと入る。

 すると途端に辺りが騒がしくなった。


「ワイワイなのーっ!」


 クイナのテンションが一気に急上昇だ。

 

 先程までの静かだった広間とは打って変わって、この部屋は最早酔っ払いたちのどんちゃん騒ぎに近いものがある。

 だからまぁ、そうなる気持ちも分からなくはないんだが。


「もしかしてこれ、遮音結界を張ってるのか……?」

「そうなんですよー」


 言われて振り向けば、マリアがカウンターの中から「こちらにどうぞ」とカウンター席を進めてくる。

 そこに腰を下ろしたら、彼女は笑いながら「遅くまでこんな感じの事もあるから、結界張っておかないと宿泊客に迷惑で」と教えてくれた。

 

 確かにそれは、必要な気遣いなのかもしれない。

 喧騒を前に、そう思う。


 遅くまで騒いでないにしても人によっては早く寝る者だって居るし、子供なんて猶更だ。

 クイナを抱える身としては、そういう配慮は確かに嬉しい。


 が。


「それにしても凄いなぁー。ここまで見事な結界なんて、早々お目に掛かれない……」


 そう言いながら、俺はしげしげと部屋に張られた結界を見る。



 城にもこの手の結界はあった。

 が、それは例えば重要な会議をする部屋や、国王陛下の執務室くらいのものである。

 結界魔法の類は基本的に、使える術者が限られている分施すための金銭的負担も多く、本来ならばいくら王都だとは言ってもこのグレードの宿屋に施せるものじゃない……という認識だったんだけど。


「もしかしてお客さん、ルドヴィカから来られたんですか?」

「え、えぇ。でも何で分かって――」


 俺は一度も、そんな事は言っていないのに。

 そう思えば、元の素性が素性なだけに流石に警戒せざるを得ない。



 今の俺は完全に平民だ。

 けどもし素性がバレれてしまえば面倒事に巻き込まれる可能性が高い事くらいは、俺にだって簡単に想像がつく。

 しかしそうやって瞬時に身構えた俺を、彼女は可笑しそうに笑った。


「簡単ですよ。ルドヴィカでは希少な魔法なんでしょうが、ここではそれほどでもないんですよ」

「え?」

「知りません? 結界魔法は聖魔法の一種。そして私達『天族』は聖魔法に先天性の適性があるんですよ」

「あっ!」


 そういえばそうだった。

 いかんな、どうもあちらの国の常識に引っ張られる。


「じゃぁもしかしてこの結界も……?」

「はい、私が張ってます」


 なるほど。

 それなら確かに安価とか高価とかは関係ない。



 それにしてもマリアさん、こんな涼しい顔をして結界張りっぱなしって、実は凄い人なんじゃぁ……。

 そう思いながら思わずしげしげと見つめてしまうと、マリアさんは「私は普通の天族ですよ」と言いながら、背中の羽をバサリと鳴らす。


 笑顔だけど圧が凄い。

 まるで「これ以上は深堀しない方が身のためですよ」と言われているような気分になって、俺はこれ以上の詮索を止める。


 俺だって自分の素性を探られると困るんだ、人にもしない方が吉である。



 が、そんな俺の冷や汗とは裏腹に、クイナは目を輝かせてマリアの翼を見上げて言った。


「わぁーっ! お姉さんの羽、とっても綺麗なのーっ!」

「フフフッ、ありがとう。えーっと……?」

「あっ、すみません。申し遅れました、俺はアルド。こっちがクイナです」

「クイナなの! よろしくお願いします、なの!」


 自己紹介をしながら俺がポンッと軽くクイナの背中を押してやると、クイナはちゃんと自分でマリアに自己紹介をし直した。

 うん偉い。



 一方クイナの名乗りに対しマリアもほのほのと笑いながら中腰になり、クイナと視線の高さを合わせてくれる。


「こちらこそよろしくお願いします。クイナちゃんのお耳と尻尾も可愛いわ」

「えへへーっ!」


 なん……だと?


 この一瞬でクイナの心を鷲掴みにしてみせたマリアに、俺は思わず驚愕する。

 が、ちょっと待て?

 これはクイナはチョロ過ぎる気のが問題なのでは?

 うーん、心配。 


「……ん? アルドさん?」


 そんな考え事をしていたから、反応するのにちょっと遅れた。

 思わず「え? あぁ」と言いながら内心段々と恥ずかしくなっていく。


 だってこれってアレじゃないか。

 ――まるで親バカみたいっていうか。


「そっ、それにしても人、とっても多いんですね」


 はぐらかすようにそう言うと、マリアは困ったように笑う。


「宿屋なのに泊りの人よりこっちの方が多いなんて笑っちゃうでしょ?」

「あ、いや、別にそういう訳じゃ……」


 確かにさっき案内された時の部屋数とここに居る人たちの人数は、逆立ちしたって合ってくれない。

 そのくらいの大盛況さだが、別に悪い印象を受けた訳でも無い。

 「ちょっと気になっただけだったのに、もしかして厭味ったらしく聞こえたか」とちょっと慌ててしまっていると、彼女は「分かってますよ」と言いながらこれまたコロコロと笑ってくる。


 ヤバい、完全に手のひらの上で転がされてる感。


「食堂だけの利用もできるので、夕飯時間帯は特に近所の方や帰ってきた冒険者が晩御飯だけ食べて帰宅されるんですよ」

「あぁなるほど」


 だから客層も屈強な男性客が多いのか。

 そんな風に納得しながら、俺はやっと勧められたカウンター席にクイナと並んで腰を下ろす。


「そういえばクイナ、さっき串食べたけど夕飯食べれるか?」

「大丈夫なの! むしろさっきの食べてもっとお腹減ったの!」


 大人用の椅子に半ば飛び乗りながら座ったクイナは、足をプラプラさせながら上機嫌。

 理由は簡単、多分あちらこちらから料理の良い匂いがしているからだろう多分。



るんるんクイナに「そうか、なら良かったけど」と答えていると、マリアがメニューを持ってくる。


「お客さんは、共通語は読めますか?」

「あぁはい、大丈夫です」


 そう言いながらメニューを受け取り、ふと疑問に思って隣に聞いてみる。


「クイナ、お前って文字は読めるのか?」

「読めないのー」

「そっか。じゃぁ一緒に読んでやろう」


 そう言って「どんなものが食べたいんだ?」と聞いてみれば、元気よく「お肉!」と答えられた。

 ブレない奴め。

 

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