第27話 空飛ぶクイナ
引っかかったのはそこじゃない。
が、意図せず答えは得られてしまった。
俺にとってはちょっと残酷な答えがまさかの。
(くそっ、折角ちょっとマリアさんを好きになりかけてたのに。……否、なりかけ時点で分かってむしろラッキーだったのか?)
どっちだろう。
否、どっちでもいい。
何も始まらない内に失恋とか、世の中世知辛すぎるだろ。
そう思えば、内心ガックリ来てしまう。
が、当の本人はそんな事なんかには全く気付かず、仕事を続行しにかかる。
「じゃぁとりあえず連泊予定という事で良いですか?」
「あ、はい……」
「もし宿泊の必要が無くなったら言ってください。前日までに言っていただければ問題ありませんので」
「分かりました……」
「お値段は、一人一泊で銅貨2枚になりますが……」
何泊分払っておきます?
まだ失恋ダメージから回復していない俺に、彼女の目がそう聞いてきている。
俺は少し考えた後、とりあえずキリの良いところで数泊分と考えて銀貨2枚を懐から出した。
「じゃぁこれで」
「えーっと……はい。ではお二人で5日分、頂戴しますね」
「お願いします。それ以上になりそうな時は、またお支払いしますので」
「はい。では早速お部屋へとご案内しますね」
そんなやり取りをして、彼女がカウンターから出てきて部屋まで先導してくれる。
その後ろをついて歩きつつ受付のすぐ隣にある階段を登りながらも、話はまだ少し続いた。
「お食事は?」
「あ、実はちゃんとした晩御飯はまだなんですけど」
「ならうちの食堂でもお出しできますので、お気軽にご用命ください。予約とかは要りません」
「ありがとうございます。じゃぁ早速今日の夕食、良いですか?」
「はい勿論! ……と、ここですね」
そう言って辿り着いた先にあったのは廊下の突き当り、一番奥の部屋だった。
扉を開けてくれたのでとりあえず中を覗いてみると、部屋にはベッドが2つ設置してある。
その他には、2脚の椅子とテーブルと、後は特に何もない簡素な感じの部屋だった。
しかし俺は思いの外満足していた。
その理由はたった一つ。
(ザッと見ただけでも、部屋の隅々まで掃除が行き届いてるのがよく分かる。これまで幾つかの宿屋に泊まってきたけど、ここまでのクオリティーの所は無かった。こりゃぁ紹介してくれたダンノさんに感謝だな)
丁寧な仕事を見るのは好きだ。
俺にとっては、高い物で飾り立てられた部屋よりもこの方がよっぽど好感度が高い。
そんな感想を抱いていると、俺の後ろからクイナがヒョコッと中を覗いた。
そしてすぐに、顔をパァッと明るくする。
そして獣人の脚力に任せてタッと床板を蹴ると同時に、ベッドに向かってダイブした。
正直言って、止める間も無い。
というかクイナ、今まで一度もそんなのした事なかったくせに。
……まぁしたくなる気持ちは良く分かるけど。
だって室内が綺麗に掃除されているのと同様に、シーツだって真っ白だ。
そんなものを前にしたら、とりあえず飛び込みたくなるのも仕方がない。
特にクイナみたいに、好奇心旺盛な子供なら。
人様の前でお転婆さを晒したクイナに俺は小さく「お行儀悪いぞ」と言っておいたが、まぁこのくらいは年相応でもあるとも思う。
という事で、それ以上は特に咎める事もしない。
カギを受け取り、後で食事に下りる約束をしてマリアと別れてドアを閉めた。
そしてクイナがダイブしなかった方のベッドに腰を掛け、荷物を横に置いてから仰向けにゆっくりと倒れ込む。
(……来たんだなぁー、ここまで)
天井の木目を眺めながら、俺はぼんやりそう思った。
城を出て、そのままこの国に直行して。
それがわずか10日前の事だなんて、密度が濃すぎて実感が薄い。
「3日目からは、特にクイナが居たから特になぁー」
そう呟きつつ、目がクイナの姿を探す。
が、ベッドに居ない。
「アレどこ行った?」と探そうとしたが、その必要はすぐに無くなった。
だってクイナは、俺のベッド上空を――飛んでいたから。
「どわっ?!」
おそらく隣から飛び込んできたのだろう彼女との正面衝突を、反射的に回避する。
すると一体何が楽しかったのか、クイナはキャッキャと笑い出した。
「ど、どうした? クイナ」
「呼ばれたから来たの!」
呼んでない。
「アルド、『クイナ』って言った!」
あぁー……、それはまぁ確かに言った。
どんな理由があったって、人様のベッドにいきなりダイブしてくるのはどうかと思う。
が、「呼ばれたから」という理由で言葉の通り飛んできた彼女の健気さは、まぁそれなりに可愛らしくもあるもので。
「……はぁ、全くしょうがないヤツ」
でもだからってクイナの頭をナデナデしながら息を吐くだけでクイナを許す俺はちょっと、もしかしたら甘いのかもしれない。
まぁとりあえず無事に到着し、当面の寝泊まりする場所も確保できた。
金もまだある。
今後は今までの様に急ぐ必要もない。
マイペースにやっていこう。
「やりたい事も、一緒にやっていきたいしなぁ」
ナデナデが止まらないままの俺のそんな呟きに、クイナがガバッと顔を上げた。
見れば何かを思い出したような顔で、「ねぇねぇねぇねぇ!」とテンション高く言ってくる。
「ねぇアルド! クイナ、『やりたい事』がまた出来たの!」
「おー、何だ?」
「メルティ―と会う!」
「あぁそっか、そうだった」
それについては、わりとすぐ叶えてやれる。
「明日にでも会いに行ってみるか」
「っ! うんなの!」
元気よくそう返事した彼女の尻尾が、俺の隣で右に左にゆっくりと揺れている。
ただそれだけで、クイナのご機嫌さは太鼓判だ。
こうして俺達はしばらくの間まったりと休憩した後、2人揃って夕飯を食べに下へと降りたのだった。
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