第一節:裏切られたので城を出る
第1話 信じていたのに。
場所は王宮・謁見の間。
沢山の貴族たちが参列するその場所で、
「お前には失望したぞ。まさかあの様な場で偽りを述べ、自らの婚約者を陥れようとするとはな」
「……は?」
何を言ってるんだ、この人は。
正直言って、そう思った。
俺は先日、沢山の者が集まっているパーティーで婚約者の悪行を暴露した。
やらかしたのは、国を裏切る大罪だった。
だから「王太子の妻としてふさわしくない」として、婚約破棄も視野に入れるとその場で言った。
事実として、勿論そうする気でもいた。
だから今日ここに呼ばれた時、その話をしようと思って――否、その話が出来ると思って気を引き締めて足を運んだというのに、失望とは何だそれは。
もうビックリも通り越して啞然である。
そもそも俺は、自分の婚約者が金遣いの荒いヤツだという事には前々から気付いていた。
それが更に酷くなったのが、婚約して以降の事だ。
最初の内はドレスや宝石などの度重なる催促にもまだ耐えていたが、魔の手が遂に予算外の国庫にまで及んだと気付いたのが、一か月前。
調べて見ると半年も前から少しずつ着服していたらしく、日を追う毎にその頻度や一度に引き出す相当額も増えていた。
「彼女の金の使い込みは事実です!」
「バレリーノはあくまでもまだ婚約者、彼女に国庫をどうにかする権限は無い」
「だからこそ問題なのではないですかっ!」
権限が無いのに実際には引き出されていた。
それが示す事実は一つ、王宮内のどこかに甘い汁を吸っている人間が他にも存在する事である。
俺はソレを独自に調査し、掴んだ証拠を前に一度父に渡して厳正なる調査と措置を願い出た事がある。
がその時は、重い腰を決して上げてはくれなかった。
ただ、握りつぶしたのではなく、話題を逸らされナァナァにされたという感じだった。
だから俺は、そこに活路を見出し賭けたのだ。
俺が動けば、それに続いてくれるだろうと。
しかし、賭けとは言っても信じていた。
父はとっても忙しい。
だから親子としての時間など、それほど多くは取れなかったが、それでもたまに取れたその時間は、俺に「父は国を愛し未来を憂いている人だ」と信じさせてくれるものだったから。
だからきっと、ここまで事が大きくなれば流石の父も重い腰を上げざるを得ないだろうと踏んでいた。
もしかしたら騒動を起こした事に関しての責任を取らされるかもしれないが、俺の謹慎程度で国の病魔を取り除けるんなら安いと思ってもいた。
それなのに。
「陛下! 確かにバレリーノの家は貴族界に多大な影響力を持つ家です! しかしこれは、だからと言って見過ごして良いレベルの事ではありません!」
どうかご再考くださいと、俺は言った。
父もきっと、できるだけ事を荒立てたくないのだろう。
それは分かる。
が、それではダメなのだ。
国庫が完全に食いつぶされてしまってからでは、もう全てが遅いのだ。
それくらい、分からない父ではない筈だった。
それなのに。
「その様な事実は存在しない」
そんな風に突っぱねられる。
表情からは感情が全く読めない。
為政者の冷たい瞳だ。
そこに親子の情は無い。
それをつい先程までは「決して公私混同などしない」と誇らしくさえ思っていたのに、信じていた父が幻想だったと知った今はそれがただただ悲しく思えた。
そして同時に、自分の詰めを後悔した。
「……それはきちんと調べての事ですか」
裏切られた悲しみの中、それでもほんの一滴だけ残っていた父への信頼を絞り出して聞いたのがソレだった。
しかし現実はどこまでも俺に冷酷で。
「お前は私の采配を疑うのか」
目の前の父は、威圧的に聞き返してくる。
結局俺は、父を無条件に信じすぎたのだ。
少なくとも父に最初に直談判しに行った時、俺は直接『決定的な証拠』ちゃんと手渡していた。
それに父が目を通した事もきちんと、俺はこの目でちゃんと見てる。
なのに彼は「不正の事実は無い」と言った。
それこそが、彼の意思表示だった。
俺はゆっくり息を吸う。
既に未来が閉じたと知って、自分に引導を渡すための一種の確認作業の為に最後に一つ、短く尋ねる。
「――陛下、本当にそれでよろしいのですね?」
最後にそう、父に訪ねた。
すると父は、無表情のまま「意味が分からん」と応じてくる。
それを聞いて、ゆっくりと目を閉じて。
「ならばもう、私が陛下にお話するべき事はありません」
俺は彼に静かに告げた。
今まで胸に秘めていた「王太子として国のために必ず良き王になってやろう」という気概は、そっくり冷めて消えてしまった。
そんな俺に、王が沙汰を下す言葉を重ねる。
「多くの貴族の前で虚偽の発言をして混乱を招き、バレリーノを貶めようとした罪により、アルドの王位継承権を剥奪。今後は第二王子のグリントを王太子とする。またアルドには伯爵家への臣籍降下と、一年間の社交界への出入り禁止を申し渡す」
臣籍降下をした上での、一年間に及ぶ社交界への出入り禁止。
かなり重い措置である。
しかしバレリーノは公爵家令嬢。
その名誉を毀損した罪となれば、本来ならば国外追放になってもおかしくはない筈だった。
そうならなかった事実の裏に、俺は王の「最低限の生活水準は保証してやる」という温情を感じ取った。
しかし、そんなものは要らない。
むしろ自分で俺を突っぱねておいてせめてもの罪滅ぼしをしようなんて、そんな恩の押し売りは御免である。
ついでに言えば、臣下という立場になって一生この国に飼殺されるのも、ふざけんなという話だった。
だから俺は提案したのだ。
「――恐れながら陛下、私を罪に問うのでしたらいっその事『ただの平民』にしていただきたい」
と。
その申し出に、周りが空気ごとザワリと揺れた。
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