第2話 追放されて旅に出よう。



 俺のこの提案に、周りが驚くのも無理はない。

 だって、せっかく罪を軽く見積もってやると言われているのにわざわざ自分から重い措置を望んだのだ。

 普通ならば、絶対にあり得ない事だろう。



 しかし俺は、もう王太子や王族という地位どころかこの国そのものに未練を全く感じていない。

 多分国民への思いはちゃんとあるが、俺が伯爵位に落ちて出来る事など高が知れてるし、策謀などの暗躍事はそもそも得意なんかじゃない。


 ならば俺が出来る事如きは他の伯爵に任せてしまって、むしろすべてのしがらみを一掃し外国で平民として暮らした方が余程気持ちが良いだろう。

 せっかく国と縁を切る機会を得たのだから、この底が抜けた泥船からは逃げてしまおうではないか。



 そう思えば、話は早い。


「これはお前の為を思っての特例だぞ……?」

「いいえ陛下、真に私の事を思ってくださるのならば、どうか厳正なる措置をお取りください」 


 善は急げ。

 そう思って、軽くなった頭を下げて俺は国王にそう乞うた。


 そしてその結果。


「……良いだろう」


 この一言で、無事に願いは叶えられた。



 ***



 自ら追放される許可を得た俺は部屋に戻ると、早々に出立の準備を開始した。

 クローゼットの奥に隠していたカバンを引っ張り出して、最低限必要になる物だけをカバンの中に詰めていく。


 詰めるカバンは、王族が持つには相応しくない粗悪な皮のカバンだった。

 以前「機会があれば、お忍びで城下に下りたい」と思った時に、とある秘密ルートから手に入れたものである。


 その他にも同じ用途の為にずっと前に用意していた服や小さなナイフなど、旅に必要なものはそれなりにある。

 ちょっと足りないものもあるが、それについては途中で買っていけばいい。

 王が用意するだろう馬車の御者も、ちょっと買い物をするくらいなら寄り道してくれるだろう。


 そんな風に思ったところで、開けたままだった筈のドアのノック音が聞こえてきた。

 思わず手を止めて振り返れば、見知った者の姿があった。


「グリント」

「もうお前は王太子でもなければ貴族でもない! そんな奴に僕の名を呼び捨てにして欲しくはないな!」


 ドアに持たれて腕を胸の前で組んだ弟が、人を蔑む笑みを浮かべてそう言った。

 彼は俺の異母兄弟で、ずっと仲は良くなかった。

 いつもどうやってマウントを取ろうかと考えている節さえあるようなヤツで、俺は仲良くしたかったのだが相手が俺にライバル意識を燃やしていたから上手くいく筈が無かった。


 その関係も今日を持って切れると思うと、どうにも清々しい気持ちで一杯だ。

 父にはもう愛想が尽きたし、血の繋がった母は既に他界している。

 義母に関しては顔を合わせようともしない人だったから、どんな顔をしてたかも今となってはうろ覚えだ。


「で? その『もう何でも無い俺』に一体何の用なんだ?」


 荷造りの手を再び動かし始めながらそう尋ねれば、俺の問いに彼は愉しそうに笑った。


「いえね? これから僕はこの国の為に、様々な改革案を実行していかなければなりません。もうこの部屋は誰の使う事は無いでしょう? だからここの物を軍資金代わりにしようと思って」


 国の資産は一円たりとも無駄になど出来ません。

 そう言った彼に、俺は「なるほど」と独り言ちる。


 つまりコイツは、俺が国の金で買ったものを何一つ持ち出す事が無いように釘を刺しに来たのだろう。

 しかし俺には、国の金で買ったものを持ち出す気など元々皆無だ。


 というのも、実は俺、前にひょんな事から稼いだ金が結構あるからその辺の物を持っていく必要はない。

 今後は当分それを使って生活するつもりである。



 だからもしかしたら俺への意地悪も兼ねていたのかもしれないが、正直言って痛くも痒くも無い状態だ。

 返事だって「あぁうん、分かってる」と平然と出来てしまったので、おそらくそれが不服だったのだろう。

 グリントが不機嫌そうに舌打ちをして、しかしすぐにフンッと笑う。


「自分の事を『俺』だなんて、なんて乱暴な……もう平民になる練習ですか?」

「え? あぁいや、これが俺の素なんだよ」


 流石に体裁が悪いので王子としての場では必ず自分の事を「私」と呼んでたが、割と近しい間柄の人相手にはずっと一人称は俺で通してきている。

 よくよく考えればグリントと会う時はいつも公の場だったのでずっと「私」呼びだった気もするが、正直言ってあまり良く覚えていない。



 でもまぁ呼び名にしろ何にしろ、思えば今まで割と無理して『王太子』をやってきたような気がする。

 そもそも策謀を巡らせたりするのが苦手という時点で、性格からして王には向いていないだろう。

 

 しかしそれもこれも廃嫡されて解放されて、そこで初めて気付いた事だ。

 そう思えばあの地位に就いてしまう前にその事に気付けて幸運だったのかもしれない。



 さぁところで、これから何をして暮らそうか。 

 当面のお金の心配はしなくていいとしても、いつかは底をつくわけで。

 そうなる前に食い扶持なり住む場所なりを探さないといけないんだけど――あぁそうだ。


 実は今まで、ずっとやりたかったけど時間と立場が許さなくて我慢してきた事がある。

 これを機に、それにチャレンジしてみるのはどうだろう。


 どうせ時間はたっぷりあるのだ。

 何に急かされるでもない一人きりの生活だ、ゆっくり気ままにやれば良い。

 うん、そうしよう。


 

 とりあえずの目的地は……隣国・ノーラリアはどうだろう。


 あそこは人族以外の種族も住んでいる場所だ。

 この国は他種族の入国を禁止してたけどこの制度には元々思う所があったし、前に公務で行った時に「今度はお忍びで城下に下りてみたいなぁ」とも思ってた。

 今はもう忍ぶ必要は無くなったんだし、よしあそこに行ってみよう。


 そんな風に、俺の予定は決まっていく。



 廃嫡さればかりの元王太子だというのにこんなにもウキウキしてしまって、ちょっと不謹慎かもしれない。

 

 だけどいつまでもクヨクヨしてるのは性に合わないし、折角だから新たな門出の良い部分を見ていたい。

 そう思うのはダメだろうか。

 ……なんて事をもし友人に零したら、多分「お前、変なところで真面目だよな」とか言われるに違いない。

 

 心の中で「別にお前の好きに生きたらいいだろうがよ」と不器用に俺を激励してくるその友人に笑いつつ、俺は着々と荷造りを進めていく。



 弟の嫌味はどこ吹く風だ。

 どうせもうここから去るし、むしろこれで聞き納めだと思えば作業中のBGM代わりくらいにはなる。


「では、それが終わったらすぐに出て行ってくださいね。貴方はもう平民なんですから。――あぁそうだ」


 ひとしきりの嫌味を言って満足したのか、彼はやっと帰ろうとして最後に一言こう言った。


「城から馬車など出しませんから、国外追放は歩いてでもされてください」


 そう言って去っていく彼の背中を、思わず俺は目で追った。

 


 移動手段を取り上げるくらいには、どうやら俺が嫌いらしい。

 まぁ金はあるんだし、自分で馬車を調達すればいいだけだから良いんだけど……。


「曲がりなりにも犯罪者を、野放し同然に放逐して大丈夫なのか?」


 思わずそう呟いてしまったのは、誰にも聞かれる事は無かった。



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