第57話 交わしていた、あの約束を



 かつては自分も、それを作る側の人間だった。

 もうそちらに回る事は無いけれど、それでもやっぱり今自分の目の前に居る少女一人くらいは助けたいと思うじゃないか。

 

「……この教会には、クイナちゃんと同じように何らかの理由で家族を亡くした子たちが沢山居ます」


 だから今目の前で遊んでいるこの孤児たちには、人族以外の子供が圧倒的に多い。



 他国では、彼らは差別の対象にされる。

 だから身寄りが居なくなった時に助けてくれる可能性は低くなるし、親子でこの国にやってくる途中で親が死んでしまったり、辿りついても今までの無理がたたって……という事も多い。

 

「ですが、本当に良いんですか?」

「ええ、元々の約束ですからね。『この国に着くまでは』って。選択肢は必要ですよ」


 この国に着くまでは。

 それは初めて会ったあの時に、互いに交わした約束だった。


 俺は安全地帯まで連れていく。

 クイナには正体がバレない様に気をもんでもらう事になるけれど、それを我慢してもらう。


 そういう約束を俺達はしたんだ。


 


 だからこの街に着いて、ずっと色んな準備をしてきた。


 治安的に問題は無い。

 冒険者登録させて親か居なくても身分が保証できるようにしておいて、食い扶持を稼げる窓口を作り、危険の少ない依頼を熟させてお金を稼ぐ事を教えた。

 

 魔法についても初期の初期はレクチャーした。

 それこそここには俺なんかよりも、余程魔法に精通している人が居る。

 目の前のこの神父が良い例だ。

 ここならば、今後の先生に困る事も無い。


 生きていくための最低限のスキルは伝授したつもりだ。

 街の中に少しだけどクイナの顔見知りだって作れたし、祝福だって受けさせた。


 そもそも俺は子育てどころか年下の子の相手さえろくにした事が無い。

 そんな奴よりここに居た方がきっとクイナの為だろう。

 

「そうですか」


 静かにそう告げた神父は、何故か困ったような笑顔だった。

 何だろうと思ったが、聞き返す前に彼が暇を告げてしまう。


 

 去っていく彼の背中から視線を戻すと、クイナがちょうどこちらに走ってきているところだった。

 右手には、花冠を持っている。

 ここの子達と作ったのだろう。


「アルドーっ! 良いものあげるのー!!」


 そう言って右手をブンブンと振り回すから、折角の花冠の花びらがヒラヒラヒラヒラ散っている。

 終いには花びらが全部剥げてしまいそうだ。

 そう思えば「仕方がないな」という気持ちと愛おしさが同時に押し寄せ胸が痛む。


 今まで一度もクイナを見てこんな事を思った事なんて無かったのに、今更ながらにそう思ったのはきっと「今日言う」と決めているからなんだろう。


「アルドしゃがむのっ!」

 

 そう言われて中腰になれば、背伸びをしたクイナによって頭の上にパサリと花冠を置かれる。

 

「ふふんっ、似合うの」


 クフクフと笑いながらそう言ったクイナは可愛くて、彼女の頭をナデナデとした。

 耳のモフみが暖かい。

 いつまでも触っていたいと思わせる触り心地だ。


 でも、それでも。


「なぁクイナ」


 俺は多分、いつにもなく真面目な顔でこう言った。


「お前にはここで生活するっていう選択肢がある」


 その瞬間、クイナの両目がゆっくりと見開かれた。


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