第56話 教会の子供たち



 話が終わって俺はクイナと手を繋ぎ、祝福の間を後にした。

 

 目下の予定が終わったと思っているクイナはスキップしながらこの後食べる串焼きの事を考えているような顔をしてる。

 いつものあの串焼き屋に今日も帰りに寄っていこうと、話をしていたからだろう。

 だけど実は、用事はまだ終わっていない。


「次はクイナ、遊びに行くぞー」

「遊びにー?」

「あぁそうだ。クイナと同い年くらいの子たちが居るんだよ、ここにはな」


 そう言って、彼女の手を引いていく。



 あらかじめ教えておいてもらった道を進むと、やがて視界がサァーッと開けた。

 

 視界いっぱいの白から解放されて、廊下と外を隔てる白い壁が視界から消えて。

 その代わりに見えたのは、若草色と色とりどりのお花たち、そして空の青さが眩しい世界だ。


「ふわぁーっ、広くてとっても綺麗なのー!」


 そう言った彼女は、目をキラキラとさせながらキャッキャと遊ぶ子たちを見ている。

 すると先程の声でクイナに気付いたのだろうか。

 何人かの子供たちが俺達の方へと駆けてきた。


「あー、新しい子だー!」

「獣人の子だー!」

「ねぇ遊ぼー?」


 口々にそう言ってくる子供たちの圧に、クイナは少し押され気味。

 しかし『遊ぼう』と言われ、窺うように俺の方を見上げてくる。


「良いよ行っといで。俺はここで待ってるから」


 そう言ってポンッと背中を押してやると、一歩二歩と軽くたたらを踏んだ後再度こちらを振り返った。

 それを笑顔で見送れば、今度こそクイナは子供達とタターッと走って行ってしまう。



 流石は他種族国家と言うべきだろうか。

 白色の服に身を包んで思い思いに遊び回る子供たちには色々な種族が混じっている。


 多分ここでは人族の子供が最も少数派だろう。

 獣人・ドワーフ・エルフ・竜族。

 魔族や天族だって少なくない。


 それが互いに仲違いする事無く楽しそうに遊んでいるんだから、「ここはまるで理想郷のような場所だなぁ」という感想を抱いてしまった俺を訝しむ者は多分、ただの一人も居ないだろう。


 

 白い床の廊下エリアから、サクリと若草色を踏んだ。

 その瞬間、ふわりと柔らかな風を感じる。


「……温かい」

「ここにも結界を張っているのですよ」


 後ろからそんな声が掛けられて振り返ると、そこには先ほど祝福の間で別れたばかりのエルフ神父の姿があった。

 「さっきの今でまた会うなんて」と俺が少し驚いてると、笑いながら彼が言う。


「結界周辺に普段は無い人間の反応がありましたから、少々気になりましてね。マリア殿からお話は頂いていましたから、おそらくその方だろうと思いながら見に来たのですよ。しかしまさか貴方だとは」


 奇遇ですね。

 そう言って笑った彼に俺は「結界の反応って……」と尋ねる。


「もしかしてこの結界、神父様が張ったものなんですか?」

「ご明察。まぁこの結界の内側を春にしているのは魔道具ですから、私はこの結界でただ単に善良なる人以外の行き来を拒んでいるだけですけれど」


 そう言って穏やかに笑う彼に、俺は思わず「それだけ出来れば十分だ」と言いたくなった。

 言わずもがな、その技術はかなりの高等テクニックだ。

 少なくともその辺の人間がそう簡単に出来る訳じゃない。


「ハッ! も、もしかしてこの教会全体の保護結界も……?」

「いえいえ、流石にそんな大規模なものは無理です。私にはこれが精いっぱいですよ」

 

 そう言って笑った彼に、俺は安堵のような残念なような妙な気持ちを抱いてしまう。



 視線を子供たちの方へと向ければ、思いの外クイナが目立ちまくっていた。

 それもその筈、他の子たちはみんな教会から支給される純白の服なのに、クイナだけ会ったばかりに買いに走ったあの赤いコートを着ているのである。

 色的に、目立つのは当然だろう。


 俺の視線に気付いたのだろうか、こちらを振り返ったクイナが満面の笑みでブンブンと手を振ってくる。

 それに笑顔で返しながら「でもそれ以外は、もう早くもなじみ始めているよなぁ」と思う。



 元々クイナは人懐っこい性格だ。

 物怖じするような事も無いし、好奇心も旺盛だから新しい場所や物にも楽しみを見出せる。


 そういう子だから、きっとどこでも上手くやっていけるだろう。


 

 さっきの祝福の儀の時、神様から授かった恩恵が既に3つもあったのは、彼女の経験のお陰だろう。

 『豊穣』はともかくとして『忍耐』と、もしかしたら『直感力』もそれが無いと生き延びられないくらいの環境下に彼女が置かれたせいなんじゃないだろうか。


 出会った時にも少し思った事だけど、きっとクイナは年齢とし以上に大変な思いをしてきたに違いない。

 そしてそれは、彼女自身のせいじゃない。

 生まれや環境や情勢や、そういうものがクイナを追い詰めたのだ。

 

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