第58話 要らない訳、なんかない。
「……それはアルドも一緒なの?」
「いいや、ここに居られるのはお前だけだよ」
成人したら、神官職以外の人間はここには住めない。
「アルドはどこかに行っちゃうの?」
「いいやこの街に居るよ。中々いい街だしな」
家を買って、定住しようかなと思ってる。
「アルドと前に約束してた『正義の味方』は?」
「そんなのいつでも出来るって。永遠の別れって訳じゃない」
ただ単に、寝泊まりする場所が違うだけ。
すぐ近くに居るんだから、いつでもすぐに会えるんだ。
「俺は子供の世話にも慣れてないし、男だから女の子のクイナを察してあげられない事もこの先沢山あるだろう」
驚き……否、困惑か。
クイナの顔にそんな色が浮かんでいる。
だけどそれでも、俺の口は止まらない。
「心配するな。クイナが望むんなら会いに来るし、心細いんなら当分は、冒険者家業も一緒にやればいい」
口角が引きつっている様な感覚がある。
それでもクイナを安心させてやろうと思って、だからゆっくり話そうと思って。
なのに声は独りでに、どんどんどんどん加速していって。
「待ち合わせなんてどこでもできる。メルティーの所にだってもちろん連れて行ってやるし、串焼き屋にも『天使のゆりかご』のプリンだって――」
「アルドは……」
遮るようなクイナの声は、迷子になった子のようだった。
「アルドはクイナが要らないの……?」
胸の奥が、ドクリと鳴った。
そんな筈が無いじゃないか。
たった3週間弱だ、クイナと一緒に居た時間は。
それでもクイナとの思い出なんて、数えきれないくらいある。
ちょっとした事でコロコロと顔が変わるのが可愛くて、チョロすぎる所が心配で、将来が楽しみで、一緒に居るといつも温かかったのだ。
要らない筈なんかない。
むしろ居ないと寂しいだろう。
だけど、それでも。
「ここに居た方が、きっとお前の為になる」
「あのねアルド」
見ればクイナは怒っていた。
いじけている訳じゃない。
ただ静かで大人びた怒りを薄紫の瞳に宿して、静かにこちらを見つめてきている。
「クイナはね、クイナがどうとか聞いてないの。アルドがどうかを聞いてるの」
見ればすっかり尻尾は下がり耳だって不安にちょっと震えて、両の手の拳はギュッと握られ大きな瞳には涙が溜まり切っている。
――一体どの口が「クイナの為」とか言ったんだろう。
俺はそう静かに思った。
今クイナがこんなに悲しそうな勇気を振り絞っているっていうのに、それでも縋る事はせずに俺の気持ちを尊重してくれようとしてるのに。
俺はなんてズルいんだろう。
言い方を、間違えた。
「クイナの為」だなんて、そんなのクイナを理由にして逃げてるだけだ。
確かにクイナを尊重する気持ちは大切だ。
選択肢を与えるのも必要だろう。
でもその前に、まずは俺の気持ちをきちんと伝えるべきだったのだ。
「俺がそう言えばきっとクイナが気にするから」とか、そんなのただの逃げでしかない。
クイナはちゃんと、自分の意志を持っている子だ。
誰に何を言われても、大切な事はきちんと自分で主張できる子なのである。
ならばこそ、もし本当に「クイナに選択肢を与えたい」と思ってるんだとしたら、まずは俺の気持ちをきちんと伝えてやるべきだった。
「……寂しいよ。クイナが居なくなっちゃったら、俺はとっても困るよきっと」
騒がしくも笑いが絶えない日常に、もうすっかり慣れてしまった。
だからそれをくれたクイナが居なくなってしまったら、きっとふとした瞬間に寂しくなる。
「もっと教えてやりたい事だってある。もっと一緒にやりたい事だって。勿論それは、離れて住んだって叶う事ではあると思うけど」
それでもきっと。
「俺はクイナと一緒に居た方が幸せだ。要らない筈なんかない」
そう思うんだ、心から。
それが必ずしも、クイナの為にはならないって分かっていても。
「要らない筈なんてないよ」
そう言って、こちらを見上げるクイナの頭に手を乗せた。
「クイナはアルドに要らなく、ない……?」
その声に、縋る様な甘えるような色があったのを俺は見逃しす事は無かった。
だからいつも以上に優しくその頭を撫でる。
「ないよ、ない」
あやすようにそう言えば、クイナは顔をクシャリと歪ませて「……ぅうーっ」と少し控え目な唸り声を上げた。
お世辞にも「可愛い」なんて言えやしないような顔で目をギュッと瞑ればいっぱいまで溜まっていた涙がその瞳から筋になって零れ落ちる。
まるで堰を切ったかのようにエグエグと泣き始めた彼女は、お世辞にも「可愛い」なんて言えやしない。
でも、それでも良い。
そんな彼女をやんわりと手繰り寄せると、しゃがんだままの俺の肩口にコツンと彼女のおでこが当たる。
すぐに、肩が湿った。
が、その湿り気さえ愛しく思える。
「クイナを捨てたら許さないのぉ……!」
「そういうつもりは無かったんだけど……あー、ゴメン。痛っ、だからゴメンって」
いつの間に父性なんてものに目覚めたんだろう。
そんな風に思いながら、俺はクイナからお見舞いされる両手のジャブを甘んじて胸で受けた。
「なぁクイナ」
「……」
答えは帰ってこなかった。
しかしモゾリと動いたので、聞こえてない訳じゃない。
「花冠、ありがとう」
さっきは言えなかった事を、俺は改めて彼女に言った。
恥ずかしながら、ほんのちょっとだけ涙声になってしまったような気がする。
それでもクイナが肩口で、小さく頷いたような気がした。
だからもう、それで良かった。
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