第60話 一方その頃母国では(7) ~一か月で問題噴出~



 一か月。

 たった一か月しか経っていない。

 アルドが廃嫡されてから。


 だというのに、これは一体どういう事だ。

 そんな風にルドヴィカ王国国王・ゼルナールは、頭を抱えて項垂れた。



 

 アルドが居なくなり、王城は様変わりしてしまった。


 内政の進捗には思いの外遅れが出て、城の中の空気も悪い。

 現王太子・グリントの評判も悪く、貴族達はグリントを揶揄する者とグリントに露骨に媚びを売る者に2分された。


 それだけでも頭が痛いのに、最も頭を抱えなければならない案件はまた別にある。

 ――金が無いのだ。



 理由はもう分かってる。

 バレリーノだ。


 あの者が『王族の婚約者』という地位に付いたのは、ひとえに彼女の生家・ツィバルグ公爵家の影響力が故である。

 先代国王の世から求心力の低下に手を焼いていた我ら王族は、「次代こそは求心力を手に入れなければ」と思った。



 国を引っ張る上で、求心力は大きな武器だ。

 時には純粋は武力や暴力よりも、よほど力になるだろう。


「このままでは、貴族達の謀反を許してしまうかもしれない。それを打開するための婚約だ。アルド、もちろん応じてくれるな?」


 結局私は単純かつ手っ取り早く求心力を得るための手段として、婚姻を指示し。


「――はい、陛下」


 アルドはそれに頷いた。


 その時のアルドの顔には、何の喜びも無ければ怒りもなかった。

 それもそうだろう、バレリーノを嫌ってこそいなかったが好いてもいなかっただろうから。

 しかしそれも王太子の務めで運命だ、そう思ってもらうしかない。


 そもそもアルドは私の前では感情など出さない子供だ。

 まぁそうと気付いたのは乳母兄弟との会話シーンをたまたま見た時だったが、それもこれも仕方がないだろう。

 私は父親である前に国王であり、子供との時間など作れやしなかったのだから。

 


 

 結局、婚約の儀は恙なく終わりアルドとバレリーノも表面上はそれなりに過ごしていた。

 しかし裏では、着々と公爵家が動いてたのだ。

 

 それに私は気付けずに、気付いた時には手遅れだった。

 

 かの家は、元々の伝手と社交性に権力まで上乗せして上手くやった。

 それこそ国以上の影響力を持ってしまうほどに。



 国の為ではなく自家の為に他貴族達と交流を深めた彼らのせいで、今やかの家が間に入らなければ求心力の保持も難しい。

 おそらくかの家が「今の王家は堕落した」とでも言おうものなら、それだけで周りは立ち上がるだろう。

 そうなったら、結果は考えるまでも無い。

 多勢に無勢、物量はそれだけで脅威になり得る。


 だから奴らの国庫の中身の使い込みに気付いた時も、大きく動けはしなかった。

 やがてアルドがそれに気付き行動を起こしても、やんわりとそれを拒絶する事しか出来なかった。


 それで解ってくれると思っていた。

 しかし事件は起こってしまった。


「……仕方がない、アルドは廃嫡にして、時代にはグリントを立てる」


 アルドが事を起こしてから、悩みに悩んでそう決めた。

 親としての情が皆無という訳ではなかったが、それでも私は父親である前に国王だ。

 その生き方を今更変える訳にはいかないし、反乱が起きればしわ寄せは民に行く。


 民は国だ。

 民無くしては国は成り立たない。

 その為の尊い犠牲になると思えば、アルドも王族の一員として本望だろう。


 グリントが居たのは幸いだった。

 そちらとはアルド以上に関わる様な事は無かったが、アルドと同じ環境で育て同じ教育を施しているのだ。

 同じくらいの役割は担えるだろう。


「廃嫡後、アルドには伯爵の地位を用意する。その手続きや根回しをしておけ」


 そう臣下に命じておいて、私は「ふぅ」とため息を吐いた。



 が、蓋を開ければアルドは「平民にしてくれ」と言う。

 何故そんな愚かな事を思ったのかは分からないが、自分で選んだ道である。


 城を出る時に今後どうするつもりなのかという話を聞いて、それから数年くらいは食いつないでいけるだけの金を持たせよう。

 どちらにしろ渡そうと思っていた金だ、最後なのだし誰も何も言うまいよ。

 


 そう思って、悠長にも翌日になってからアルドの所在を臣下に尋ねた。

 「確認してくる」と言って出て行ったその男は、帰ってくるなり言い難そうにこう言った。


「で、殿下は昨日、既に城を発たれたとの事で……」

「何ぃ?」

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